コラム

サイバーセキュリティにおけるリスクアセスメントサービスのトレンドと事例に関するレポート

サイバーセキュリティにおけるリスクアセスメントサービスのトレンドと事例に関するレポート

Librus株式会社コンサルティングサービス事業部 エグゼクティブサマリー 2024年は、サイバーセキュリティ分野において転換点となる年となった。日本国内におけるランサムウェア被害の公表件数が過去最大の84件に達し、新興ランサムウェアグループの台頭により脅威の複雑化が進展している。本レポートでは、こうした脅威環境の変化を背景に、リスクアセスメントサービスの重要性の高まりと市場トレンドを分析する。 主要な知見として、日本企業のパッチ適用期間(MTTP:Mean Time To Patch)が平均36.4日と世界平均の1.2倍に達しており、脆弱性対応の迅速化が急務となっている。また、サイバーセキュリティ市場規模は2024年に180億米ドルに成長し、継続的脅威曝露管理(CTEM)アプローチの採用が急速に拡大している。 企業の経営層においても、SECの新規則やEUのNIS2指令により、サイバーセキュリティへの関与とリスク評価への責任が明確化されており、今後はより戦略的なアプローチが求められる。 1. 2024年のサイバーセキュリティ情勢概観 1.1 脅威ランドスケープの変化 2024年のサイバー脅威環境は、国家を背景とするグループからの攻撃をはじめとするサイバー攻撃の洗練化・巧妙化が一層進展した年として特徴づけられる。特に、ランサムウェア攻撃の手法が多様化し、従来のデータ暗号化に加えて、データ窃取後の恐喝を目的とした攻撃が新たに30件確認されている。 2024年の主要サイバー脅威統計 日本国内ランサムウェア被害公表件数: 84件(過去最大)国内セキュリティインシデント総数: 1,319件(前年度比10.4%増)不正アクセス事案: 372件(最多)マルウェア感染: 315件紛失・盗難: 213件 1.2 新興ランサムウェアグループの台頭 2024年下半期に急速に拡大した新興ランサムウェアグループが、上位10グループによるリーク数の90%を占める状況となっている。RansomHub、8base、Hunters International、BlackSuit、Undergroundなどの新興グループが日本企業を標的とした攻撃を展開している。 グループ名活動開始時期特徴RansomHub2024年2月頃2024年下半期最も活発。アンチEDR技術を駆使8base2022年3月頃中小企業(従業員数1-200名)を主要標的Hunters International2023年第3四半期解体されたHIVEグループとの関連性指摘BlackSuit2023年5月頃ContiやRoyalとの関係性指摘Underground2023年7月頃拡張子変更せずファイル暗号化が特徴 2. リスクアセスメントサービスの主要トレンド 2.1 継続的監視への移行 従来の年1回のポイントインタイム監査から、継続的監視(Continuous Monitoring)への移行が加速している。IBMの報告によると、2023年のデータ侵害の世界平均コストは445万ドルで、3年間で15%増加しており、早期検知の重要性が高まっている。 2.2 CTEMアプローチの採用拡大 Gartnerが2022年に提唱した継続的脅威曝露管理(CTEM:Continuous Threat Exposure Management)アプローチの採用が急速に拡大している。CTEMは以下の5つのステップで構成される。 既存のサイバーセキュリティ露出のスコープ定義隠れた脆弱性の発見プロセス開発悪用可能性に基づく脅威の優先順位付け様々な攻撃シナリオの検証・評価組織全レベルでの従業員動員 2.3 サイバーリスク定量化(CRQ)の普及 財務的観点からのサイバーリスク定量化(Cyber Risk Quantification:CRQ)が注目を集めている。CRQにより、技術的なリスクを金銭的影響と発生確率で表現することで、経営層との意思疎通が改善され、より効果的な予算配分が可能となっている。 3. 国際的なフレームワークとベストプラクティス 3.1 NIST Cybersecurity Framework 2.0 2024年に更新されたNIST CSF 2.0は、従来の5つの機能(識別、保護、検知、対応、復旧)に「統治(Govern)」機能を追加し、より包括的なサイバーセキュリティ管理を実現している。組織のリスク管理戦略と cybersecurity の統合がより明確化された。 3.2 ISO/IEC 27001:2022 情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)の国際標準であるISO 27001の2022年版では、クラウドセキュリティ、プライバシー保護、サプライチェーンセキュリティに関する管理策が強化されている。 フレームワーク統合事例 多くの組織がNIST CSFの戦略的フレームワークとISO 27001の運用管理を組み合わせたハイブリッドアプローチを採用している。NIST CSFがリスク管理の方向性を示し、ISO 27001が具体的な管理策の実装を支援する相補的関係を構築している。 3.3 規制要件の強化 米国SECの2023年サイバーセキュリティ規則やEUのNIS2指令により、取締役会レベルでのサイバーセキュリティ責任が明確化されている。経営層は単なる予算承認者から、積極的なリスク管理参加者へと役割が変化している。 4. 日本市場の動向と特徴 4.1 市場規模と成長予測 日本サイバーセキュリティ市場規模  2024年市場規模: 180億米ドル2033年予測市場規模: 433億米ドル年平均成長率(CAGR): 10.3%2032年予測(別統計): 263億米ドル 4.2 日本特有の課題 日本企業が直面する特有の課題として、パッチ適用の遅延問題が深刻化している。トレンドマイクロの調査によると、日本組織の平均パッチ適用期間(MTTP)は36.4日で、これは世界平均の1.2倍に相当する。 4.3 委託先からの情報漏洩問題 2024年には、印刷業や配送業などデータ集積型業種のランサムウェア被害により、委託元の個人情報漏洩が深刻化した。株式会社イセトーの事例では約150万件の個人情報漏洩が発生し、「データサプライチェーン」問題の深刻さが浮き彫りとなった。 委託先経由の情報漏洩件数推移2024年下期には委託先から漏洩した情報件数が300万件を超過。組織は委託先のサイバーリスク評価の見直しが急務となっている。 5. 技術革新とAIの活用 5.1 AI・機械学習によるリスク評価の高度化 人工知能(AI)と機械学習(ML)技術の活用により、膨大なデータを迅速に分析し、従来よりも効率的にセキュリティリスクを特定することが可能になっている。米国国勢調査局の予測では、2024年前半にAIを活用する企業が劇的に増加するとされている。 AI活用の主要分野: SIEM(Security Information and Event Management)での偽陽性の除去ファイアウォールとマルウェア対策の自動化異常検知とパターン認識の高精度化脆弱性スキャンの効率化 5.2 リアルタイム脅威検知 従来の定期的なリスクアセスメントから、リアルタイムでの脅威検知・評価への移行が進んでいる。Continuous Threat Exposure Management (CTEM) の普及により、動的なリスク環境に対応した評価手法が確立されつつある。 5.3 Attack Surface Management (ASM) の導入 攻撃対象領域管理(ASM)ツールの導入により、組織のデジタル資産とその脆弱性を継続的に監視・評価することが可能となっている。これにより、早期の脆弱性発見とリスク管理の精度向上が実現されている。 6. 将来予測と推奨事項 6.1 市場予測 日本のサイバーセキュリティ市場は、2025年から2034年の期間で年平均成長率14.6%の継続的成長が予測されている。特に、リスクアセスメント分野では以下のトレンドが予想される。 CRQ(サイバーリスク定量化)ツールの普及拡大ツール統合によるオールインワンプラットフォームの採用増加経営層レベルでのサイバーリスク関与の法制化サイバー保険との連携強化 6.2 組織への推奨事項 6.2.1 リスクの可視化 組織は「サイバーリスクの可視化」を最優先課題として取り組むべきである。リスク指標を用いた統計データから、ランサムウェアに感染した組織が非感染組織よりも高いリスク指標を記録していることが示されており、継続的なリスク監視が重要である。 6.2.2 Security by Contract の推進 委託先のセキュリティ対策として、「Security by Contract」アプローチを推奨する。これは、契約段階でセキュリティ要件を明確化し、"Same Data, Same Management"原則に基づく管理体制を構築することである。 6.2.3 多要素認証(MFA)の徹底 認証情報の漏洩リスクに対する最も効果的な対策として、多要素認証(MFA)の全面的な導入を強く推奨する。また、定期的なパスワード変更と権限管理の厳格化も重要である。 6.3 政策・制度面での展望 能動的サイバー防御に関する法案が2025年5月に成立予定であり、経済安全保障推進法における基幹インフラ事業者を中心としたサプライチェーンセキュリティ強化が進展する見込みである。これに伴い、インシデント対応体制のより一層の強化が必要となる。 7. 結論 2024年のサイバーセキュリティ環境は、脅威の高度化・複雑化と市場の急速な成長により、リスクアセスメントサービスの重要性が飛躍的に高まった年となった。日本企業が直面する課題は多岐にわたるが、適切なフレームワークの採用と継続的な改善により、効果的なリスク管理が実現可能である。 特に重要なのは、従来の年1回の評価から継続的監視への移行、経営層の積極的関与、そして技術革新を活用したリスク可視化である。また、委託先を含むサプライチェーン全体のセキュリティ強化は、今後の重要な課題として位置づけられる。 組織は、NIST CSF 2.0やISO 27001等の国際標準を基盤としつつ、自社の事業特性に応じたカスタマイズされたリスクアセスメント体制を構築することが求められる。同時に、AIや機械学習等の新技術を積極的に活用し、より効率的で精度の高いリスク評価を実現することが、持続的な競争優位性の確保につながるであろう。 今後の展望として、サイバーセキュリティは単なるIT部門の課題から、組織全体の戦略的経営課題へと位置づけが変化していく。この変化に適応し、プロアクティブなリスク管理体制を構築した組織が、デジタル社会における持続的成長を実現できると考えられる。 監修者:鎌田光一郎:⻘山学院大学法学部卒業。SMBC日興証券株式会社にて証券営業、経営管理業務に従事したのちPwCコンサルティング合同会社に転籍。金融機関に対するコンサルティング業務に従事。その後、Librus株式会社を設立、代表取締役に就任。お問い合わせ先Librus株式会社(代表取締役 鎌田光一郎)105-0004東京都港区新橋6丁目13-12 VORT新橋Ⅱ 4F03-6772-8015お問い合わせフォームhttps://librus.co.jp/contact

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金融庁サイバーセキュリティ対策 ガイドライン解説レポート

金融庁サイバーセキュリティ対策 ガイドライン解説レポート

Librus株式会社コンサルティングサービス事業部 1. はじめに 金融分野におけるサイバーセキュリティの重要性 近年、技術の発展や地政学リスクの高まりを背景に、サイバーセキュリティに関するリスクが顕著に増大しています。特に金融機関は、顧客の重要な資産や情報を扱うため、サイバー攻撃の標的となりやすく、攻撃が成功した場合の影響も甚大です。外部委託先を含むサプライチェーンの弱点を悪用した攻撃による被害も発生しており、国家等が関与・支援している主体によると見られる高度なサイバー攻撃も出現しています。 ■サイバー攻撃の特徴と課題 攻撃の高度化・巧妙化(標的型攻撃、持続的な攻撃など)サプライチェーンを通じた間接的な攻撃の増加国家が関与する高度な攻撃の出現被害範囲の拡大と影響の深刻化金融システム全体への波及リスク 金融庁の取り組み背景と目的 金融庁設置法第3条において、金融機能の安定の確保や預金者の保護等が金融庁の任務とされています。サイバー攻撃の脅威は、金融サービス利用者の利益を害し、金融システムの安定に影響を及ぼしかねないものとなっているため、金融庁がその任務を全うする上で、金融セクター全体のサイバーセキュリティを強化することは不可欠です。 こうした状況を踏まえ、金融庁では「金融分野におけるサイバーセキュリティ強化に向けた取組方針」に基づき、金融業界との対話・協働を通じて、連携して金融セクター全体のサイバーセキュリティの強化を促進してきました。2024年10月には、これまでの検査・モニタリングの結果や金融セクター内外の状況変化を踏まえ、「金融分野におけるサイバーセキュリティに関するガイドライン」を公表しました。 ■対応の必要性と緊急性 金融庁の検査・モニタリングの結果、以下のような基本的な対策が不十分な事例が散見されています: 経営者の主体的な関与の不足情報資産の把握及び管理の不徹底セキュリティパッチの迅速な適用などの脆弱性管理の欠如IDアクセス権管理の不備定期的な脆弱性診断及びペネトレーションテストの未実施 2. 金融庁サイバーセキュリティガイドラインの概要 策定背景・経緯 現行の各業態の監督指針・事務ガイドラインにおけるサイバーセキュリティに関する規定は、2015年の改正時に導入されたものであり、近年のサイバーリスクの深刻化に対処していくために、改定が不可欠となっていました。金融庁は、これまでの実態把握及び建設的対話における体制整備促進並びに各種の注意喚起及び要請を行ってきましたが、検査・モニタリングの結果、基本的な対策が不十分な事例が散見されていることが明らかになりました。 このような実態に鑑み、2024年10月4日に監督指針等を改正するとともに、「金融分野におけるサイバーセキュリティに関するガイドライン」を策定しました。また、2025年7月4日には、サイバー対処能力強化法整備法の一部施行に伴う技術的な改正も行われています。 基本的考え方 本ガイドラインは、サイバーセキュリティの観点から見たガバナンス、特定、防御、検知、対応、復旧、サードパーティリスク管理に関する着眼点を規定し、それぞれについて金融機関等において「基本的な対応事項」及び「対応が望ましい事項」を明確化しています。 区分定義・説明基本的な対応事項いわゆるサイバーハイジーンと呼ばれる事項その他の金融機関等が一般的に実施する必要のある基礎的な事項対応が望ましい事項金融機関等の規模・特性等を踏まえると、インシデント発生時に、地域社会・経済等に大きな影響を及ぼしうる先において実践することが望ましいと考えられる取組みや、他国の当局又は金融機関等との対話等によって把握した先進的な取組み等の大手金融機関及び主要な清算・振替機関等が参照すべき優良事例 ■重要なポイント:リスクベース・アプローチ 金融機関等の規模・特性は様々であることから、「基本的な対応事項」及び「対応が望ましい事項」のいずれについても、一律の対応を求めるものではなく、金融機関等が、自らを取り巻く事業環境、経営戦略及びリスクの許容度等を踏まえた上で、サイバーセキュリティリスクを特定、評価し、リスクに見合った低減措置を講ずること(いわゆる「リスクベース・アプローチ」を採ること)が求められることに留意が必要です。 適用対象 本ガイドラインは、サイバーセキュリティ管理について監督指針等に定めのある以下の金融機関等を対象としています: 主要行等中小・地域金融機関保険会社少額短期保険業者金融商品取引業者等信用格付業者貸金業者前払式支払手段発行者電子債権記録機関指定信用情報機関資金移動業者清算・振替機関等金融サービス仲介業者為替取引分析業者暗号資産交換業者銀行代理業電子決済手段等取引業者電子決済等取扱業者電子決済等代行業者農漁協系統金融機関金融商品取引所 ガイドラインの構成 ガイドラインは以下の3つの主要セクションで構成されています: 基本的考え方:サイバーセキュリティに係る基本的考え方、金融機関等に求められる取組み、業界団体や中央機関等の役割、適用対象等サイバーセキュリティ管理態勢:管理態勢の構築、リスクの特定、防御、検知、インシデント対応及び復旧、サードパーティリスク管理金融庁と関係機関の連携強化:情報共有・情報分析の強化、捜査当局等との連携、国際連携の深化、官民連携 3. サイバーセキュリティ管理態勢の構築 経営陣の関与・ガバナンス サイバーインシデントによる業務中断、機密情報の漏洩は、金融機関の事業及び経営を揺るがしかねない重大な影響をもたらし得るものであり、ひいては金融システムの安定を揺るがしかねないものです。サイバーセキュリティの強化には経営者の認識及びイニシアティブによるところが大きいため、経営陣のリーダーシップの下で、サイバーセキュリティに関するガバナンスの確立が必要です。 基本的な対応事項 取締役会等によるサイバーセキュリティリスクを組織全体のリスク管理の一部としてとらえた基本方針の策定サイバーセキュリティ管理態勢の年1回以上のレビュー実施(必要に応じ外部専門家によるレビューを含む)サイバーセキュリティを統括管理する責任者(CISO等)の経営陣の責任において任命サイバーセキュリティに係る戦略、取組計画(複数年計画含む)の策定と見直しセキュリティ・バイ・デザインを含むサイバーセキュリティ確保に向けた取組みの推進サイバーセキュリティを経営方針における重要課題の一つとして位置づけ、組織風土の醸成少なくとも年1回、サイバーセキュリティリスク状況、リスク評価結果、取組計画の進捗状況の報告受領 対応が望ましい事項 経営陣が適切な経営判断を行うための前提として、サイバーセキュリティに関する十分な知識の利用(外部専門家の活用を含む)リスク選好度・耐性度(リスクアペタイト・リスクトレランス)の設定サイバーセキュリティへの取組みの対外公表KPI(主要業績評価指標)・KRI(主要リスク指標)の経営陣への報告経営陣に相当する者としての責任者(CISO等)の配置、経営陣と直接コミュニケーションする関係の構築 基本方針・規程の策定 金融機関等は、取締役会等がサイバーセキュリティ管理の基本方針を策定し、それに基づいた規程類や業務プロセスを整備することが求められています。基本方針には、セキュリティ対策の目的や方向性、関係主体等からの要求事項への対応及び法規制等への対応、経営陣によるコミットメントなどを含める必要があります。 ■サイバーセキュリティ管理態勢の主要な構成要素 基本方針と規程類組織体制と責任の明確化情報共有機関等を通じた早期警戒のための情報収集・共有・分析体制SOC等のサイバー攻撃に対する監視体制サイバー攻撃を想定した危機管理態勢(サイバー攻撃を受けた際の報告及び広報体制、組織内CSIRT等の緊急時対応及び早期警戒のための体制を含む) 組織体制と人材育成 サイバーセキュリティ担当部署及び各関係者の役割と責任及び権限を明確化し、職員の急な退職・異動等により業務の継続(知見の集積等)に支障が生ずることのない人員の配置が必要です。また、サイバーセキュリティ人材の確保・育成は喫緊の課題となっています。 基本的な対応事項 サイバーセキュリティの重要性を踏まえた経営資源の配分サイバーセキュリティ管理の基本方針と整合的な人材育成・確保計画の策定最新の脅威情報等を踏まえた計画的な教育・研修プログラムの策定と実施経営陣を対象とする研修・訓練の実施 4. サイバーセキュリティリスクの特定 情報資産管理 これまでの検査・モニタリングの結果、情報資産管理は基本的な対策が不十分な事例が散見された領域の一つです。適切な情報資産管理は、効果的なサイバーセキュリティ対策の基盤となります。 基本的な対応事項 情報資産のライフサイクル、重要度に応じた管理情報システム・外部システムサービス、ハードウェア・ソフトウェア、顧客・機密情報等の台帳の整備・管理データフロー図・ネットワーク図の作成・管理 リスク管理プロセス 金融機関等は、組織的・体系的なリスク管理プロセスを確立し、定期的にリスクを評価・対応する必要があります。 基本的な対応事項 脅威情報・脆弱性情報の収集・分析リスクの特定・評価(境界防御型セキュリティの突破、内部不正等の可能性を含む)リスク対応(回避、軽減、受容、移転)、リスク対応計画の経営陣への報告リスク評価に基づく継続的な改善活動 脆弱性管理 ハードウェア・ソフトウェア等の脆弱性管理は、サイバーセキュリティ対策の基本中の基本です。特にセキュリティパッチの迅速な適用は、多くのサイバー攻撃を防ぐ上で極めて重要です。 基本的な対応事項 脆弱性管理に関する手続等の策定システムの重要度や脆弱性の深刻度に応じたパッチ適用等の管理定期的なパッチ適用状況の確認と報告 脆弱性診断及びペネトレーションテスト 脆弱性診断やペネトレーションテストは、システムやネットワークの脆弱性を実際に確認し、対策を講じるための重要な手段です。これらを定期的に実施することで、セキュリティレベルを継続的に向上させることができます。 基本的な対応事項 システムの重要度に応じた定期的な脆弱性診断の実施重要なシステムに対する定期的なペネトレーションテストの実施結果に基づく対策の実施と経営陣への報告 対応が望ましい事項 脅威ベースのペネトレーションテスト(TLPT: Threat-Led Penetration Testing)の実施 演習・訓練 サイバーインシデントへの対応力を高めるためには、定期的な演習・訓練が不可欠です。特に、実際のインシデント発生時に備えた実践的な訓練が重要となります。 基本的な対応事項 定期的な演習・訓練の実施必要に応じた業界横断的な演習への参加経営陣等による演習・訓練への関与顧客への深刻な影響かつ現実に起こりうるシナリオの検討及び見直し演習・訓練を通じたコンティンジェンシープラン等の有効性の定期的検証 5. サイバー攻撃の防御対策 認証・アクセス管理 適切な認証・アクセス管理は、不正アクセスを防ぐ上で重要な役割を果たします。特にIDアクセス権管理は、検査・モニタリングの結果、基本的な対策が不十分な事例が散見された領域の一つです。 基本的な対応事項 方針・規程等の策定・見直し最小権限の原則に基づくアクセス権限の限定ID・認証情報の適切な管理(定期的なレビュー、特権IDの厳格管理等)システム・情報の重要度に応じた認証要件の決定(多要素認証の導入等)第三者による不正防止(メールの送信ドメイン認証など)物理的アクセスの管理 データ保護 金融機関が扱う機密データや個人情報を保護するためには、適切なデータ保護対策を講じる必要があります。 基本的な対応事項 重要度・リスクに応じたデータの管理方針の策定暗号化等のデータ保護措置の導入バックアップ・復旧に係る手続の整備 対応が望ましい事項 データ損失防止(DLP: Data Loss Prevention)ソリューションの導入データライフサイクル全体にわたるデータガバナンス体系の整備 システムのセキュリティ対策 金融機関のシステムを保護するためには、様々な技術的対策を組み合わせて多層防御を実現する必要があります。 基本的な対応事項 ハードウェア・ソフトウェア管理(システム構成・保守等)ログ管理(取得・監視・保存の手続策定・レビュー等)セキュリティ・バイ・デザインの実践インフラストラクチャ(ネットワーク等)の技術的対策クラウドサービス利用時の対策 対応が望ましい事項 ハードウェアのセキュアな調達のための基準設定セキュリティ・バイ・デザインの管理プロセスの整備・運用(セキュアコーディングの基準策定等)開発環境・テスト環境の本番環境からの分離ゼロトラストアーキテクチャの段階的導入 教育・研修 サイバーセキュリティは技術だけでなく、人的な要素も重要です。すべての役職員に対する教育・研修は、セキュリティ意識の向上と基本的なセキュリティ対策の徹底に不可欠です。 基本的な対応事項 経営陣を含むすべての役職員への教育・研修の実施役割・職責に応じた教育内容の提供サードパーティにおける教育(サードパーティによる社内教育・研修の実施状況の確認を含む)標的型メール訓練等の実践的な訓練の実施 対応が望ましい事項 顧客へのセキュリティ啓発活動の実施専門人材の育成・確保のための中長期的な計画の策定と実施 6. サイバー攻撃の検知 サイバー攻撃の巧妙化を踏まえ、侵入を前提とした検知体制の構築が必要となっています。様々な監視ポイントやデータソースを活用して、異常を早期に検知することが重要です。 基本的な対応事項 検知のための監視・分析・報告に係る手続等の策定・見直しサイバー脅威に応じた監視・分析ハードウェア・ソフトウェア・ネットワークの監視役職員によるアクセスの監視外部プロバイダによるアクセス(保守など)の監視インシデント該当性・影響範囲・重要度の分析・報告 対応が望ましい事項 24時間365日の監視体制の確立SIEM(Security Information and Event Management)などの高度な監視ツールの活用AI・機械学習を活用した異常検知の導入定期的なアラート閾値の見直しと最適化 ■効果的な検知のためのポイント 多層的な監視:エンドポイント、ネットワーク、アプリケーション、クラウドなど複数の層での監視ログの統合管理:様々なシステムやデバイスからのログを一元的に収集・分析アラート管理:重要度に応じたアラートの適切な設定と対応プロセスの確立継続的な改善:検知の精度向上のための定期的な見直しと調整 7. サイバーインシデント対応及び復旧 インシデント対応計画及びコンティンジェンシープランの策定 サイバーインシデントが発生した場合に備えて、事前に対応計画やコンティンジェンシープランを策定しておくことが重要です。これにより、インシデント発生時の混乱を最小限に抑え、迅速かつ効果的な対応が可能となります。 基本的な対応事項 サイバー攻撃の種別ごとのインシデント対応計画・コンティンジェンシープランの策定対応の優先順位・目標復旧時間・目標復旧水準の設定報告ルート、判断権者、対外的な連携体制の明確化役職員へのインシデント対応計画等の周知と教育 対応が望ましい事項 大規模な被害が生じるインシデント(資金清算インフラにおけるインシデントなど)に対応するためのコンティンジェンシープランの整備インシデント対応に関する契約内容の事前整理(顧問弁護士、フォレンジック調査会社など) インシデントへの対応及び復旧 サイバーインシデント発生時には、初動対応から復旧までの一連のプロセスを迅速かつ的確に実施する必要があります。また、インシデント後の分析と改善も重要です。 基本的な対応事項 初動対応:インシデントの検知・トリアージ、証跡保全、初期封じ込め分析:被害状況・影響範囲の特定、原因の分析顧客対応・組織内外の連携・広報:顧客・当局・業界団体等への報告、広報対応封じ込め:被害の拡大防止、感染機器の隔離根絶:侵入経路の特定と封鎖、マルウェアの排除復旧:システムの復旧、バックアップからの回復、正常稼働の確認教訓化:インシデント発生原因等の分析、対応の評価、再発防止策の実施 対応が望ましい事項 封じ込めに当たってのサードパーティへの通知高度なフォレンジック調査の実施顧客への補償等の対応方針の事前整理 ■インシデント対応におけるよくある課題 初動対応の遅れ(検知の遅れ、報告ルートの不明確さなど)証跡保全の不備(ログの上書き、重要な証拠の消失など)影響範囲の特定の難しさ(潜伏期間の存在、侵害の全容把握の困難さ)コミュニケーションの問題(部門間の連携不足、情報共有の遅れなど)復旧の複雑さ(バックアップデータの完全性確認、マルウェアの残存リスクなど) 8. サードパーティリスク管理 サプライチェーンに由来するサイバーインシデントにより、金融機関が多大な影響を受ける事例が発生していることを踏まえ、サードパーティリスク管理の重要性が高まっています。金融機関は、自社のシステムやデータにアクセスする外部委託先やサービス提供者のセキュリティリスクを適切に管理する必要があります。 ■サードパーティリスク管理の重要性 近年、金融機関のサイバーインシデントの多くは、直接的な攻撃よりもサプライチェーンを通じた間接的な攻撃によるものが増加しています。こうした攻撃は、セキュリティ対策が比較的弱い委託先やクラウドサービスプロバイダーを標的とすることで、最終的には金融機関のシステムやデータにアクセスすることを狙っています。 基本的な対応事項 サプライチェーン全体にわたる戦略の策定・管理態勢の整備:サードパーティリスク管理に関する方針・規程の策定、体制の整備ライフサイクル全体を通じたリスク管理:取引開始時のデューデリジェンス(セキュリティ対策状況の確認、リスク評価)サイバーセキュリティ要件の契約・SLAにおける明確化(監査権限、インシデント通知、データ保全等)継続的モニタリング(定期的な評価、脆弱性対応状況の確認等)インシデント対応計画・コンティンジェンシープランへのサードパーティ関連事項の組み込み契約終了時の対応(データ返却・消去の確認、アクセス権の削除等)リスク評価・リスクに応じた対応:サードパーティの重要度分類、リスクに応じた管理レベルの設定 対応が望ましい事項 リスク管理に係るスキル及び経験のある人員の配置重要な業務のサードパーティへの依存関係、集中リスク等の考慮重要なサードパーティがそのサードパーティ(フォースパーティ)を管理する能力等のモニタリング重要なサードパーティとの契約関係等の終了に備えた出口戦略等の策定経済安全保障推進法上のリスク管理措置の実施 クラウドサービス利用時のリスク管理 クラウドサービスの利用が拡大する中、クラウド特有のリスクを適切に管理することが重要です。特に責任分界点の明確化や、クラウドサービス固有のセキュリティ要件に注意が必要です。 クラウドサービス利用時のポイント 責任共有モデルの理解(クラウド事業者と利用者の責任範囲の明確化)クラウド環境に適したセキュリティ対策の実施(アイデンティティ管理、暗号化、アクセス制御等)シャドーIT(IT部門の把握・管理外のクラウドサービス利用)の管理データの所在地・法的規制の把握出口戦略の策定(サービス終了時のデータ移行計画等) 9. FISC安全対策基準との関係 FISC安全対策基準の概要 金融情報システムセンター(FISC)が策定する「金融機関等コンピュータシステムの安全対策基準・解説書」(通称:FISC安全対策基準)は、金融機関の情報システムの安全性を確保するための具体的な技術と運用の対策を詳細に定めています。1985年の初版以来、時代の変化に合わせて改訂を重ね、2025年3月に最新の第13版が公表されました。 ■FISC安全対策基準の位置づけ FISC安全対策基準は、金融機関のシステムリスク管理において業界標準として広く参照されている指針です。金融機関はこの基準を参考に自社のセキュリティ対策を検討・実施することで、適切なセキュリティレベルを確保することができます。また、外部委託先の評価基準としても活用されています。 金融庁ガイドラインとの整合性 2024年10月の金融庁ガイドライン公表を受け、2025年3月に公表されたFISC安全対策基準第13版では、金融庁ガイドラインとの整合性が取られています。金融機関は、金融庁ガイドラインで示されたサイバーセキュリティ管理態勢の枠組みを踏まえつつ、FISC安全対策基準に示された具体的な技術と運用の対策を参考にすることで、より効果的なサイバーセキュリティ対策を実施することができます。 観点金融庁ガイドラインFISC安全対策基準主な目的金融機関における経営陣をはじめとした組織全体のサイバーセキュリティ管理態勢の枠組みを示す金融機関の情報システムの安全性を確保する具体的な技術と運用の対策を詳細に定める対象範囲サイバーセキュリティ管理について監督指針等に定めのある金融機関等金融機関の情報システム全般特徴リスクベース・アプローチに基づき「基本的な対応事項」と「対応が望ましい事項」を明示基礎基準と付加基準の2段階の要求レベルを設定し、具体的な実装方法を示す 第13版の重要ポイント FISC安全対策基準第13版では、以下の内容を反映しています: 経済安全保障推進法に関する改訂:経済安全保障推進法における「経済安全保障推進法の特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に係る取引を行う事業者が講ずべき安全管理措置等に関する対応指針」を踏まえた内容金融庁ガイドラインとの整合:金融庁の「金融分野におけるサイバーセキュリティに関するガイドライン」との整合性確保クラウドサービスの活用:クラウドサービスの普及を踏まえたセキュリティ対策の強化サードパーティリスク管理:サプライチェーンのセキュリティリスク管理の強化最新の脅威への対応:新たなサイバー脅威に対する対策の追加 ■両者を活用したセキュリティ対策のポイント 金融機関は、金融庁ガイドラインとFISC安全対策基準を補完的に活用することで、より効果的なセキュリティ対策を実現できます: 金融庁ガイドラインに基づいて経営レベルでのサイバーセキュリティ管理態勢を構築FISC安全対策基準に基づいて具体的な技術対策と運用プロセスを整備リスクベース・アプローチを採用し、自社の規模・特性に応じた対策レベルを設定定期的な評価と改善を通じて、セキュリティレベルの継続的な向上を図る 10. 今後の展望と対応のポイント 金融機関に求められる対応 金融庁ガイドラインとFISC安全対策基準の公表を受けて、金融機関は以下のような対応が求められています: 優先的に取り組むべき事項 現状評価:ガイドラインに照らした自社のサイバーセキュリティ管理態勢の評価経営陣の関与強化:サイバーセキュリティを経営課題として位置づけ、経営陣の主体的関与を促進情報資産管理の徹底:情報資産の棚卸しと重要度に応じた管理の実施脆弱性管理の強化:セキュリティパッチ適用等の脆弱性管理プロセスの整備アクセス権管理の改善:IDアクセス権限の適切な管理と定期的なレビューサードパーティリスク管理の強化:外部委託先のセキュリティリスクの評価と管理 中長期的な取り組み サイバーセキュリティ戦略の策定:中長期的な視点でのサイバーセキュリティ戦略の策定と実行人材育成・確保:サイバーセキュリティ人材の育成・確保のための計画的な取り組み高度な対策の導入:AIや自動化技術を活用した先進的なセキュリティ対策の検討レジリエンス強化:インシデント発生を前提とした対応力・復旧力の強化情報共有の促進:業界内外での脅威情報共有の活性化と活用 実効性ある対策の進め方 サイバーセキュリティ対策を効果的に進めるためのポイントは以下の通りです: 4つの主要施策 経営陣の主体的関与と組織全体での対応サイバーセキュリティを「経営リスク」としてとらえる経営陣は十分な専門知識を利用して判断(外部専門家の活用を含む)KPI・KRIを用いたモニタリングの実施インシデント発生を前提とした管理態勢対応プロセスの可視化あらゆる脅威に対処できる管理態勢の整備様々なリスクシナリオの最新化と定期的な訓練の実施サプライチェーン全体を考慮した管理態勢外部委託先の特性に基づき想定される脅威に応じた管理・モニタリング契約内容へのセキュリティ基準の明示定期的な監査の実施セキュリティ技術基盤の連携と統合管理資産管理の徹底(ハードウェア、ソフトウェア、クラウドサービス、データ等)「ゼロトラスト」の考え方に基づく段階的な技術導入組織全体での共通の方向性や計画の策定 官民連携と情報共有の重要性 金融セクター全体のサイバーセキュリティ強化には、「自助」「共助」「公助」の三位一体の取り組みが重要です。特に、以下の連携・情報共有の枠組みを活用することが推奨されます: 金融ISAC:金融機関同士の脅威情報共有・分析国家サイバー統括室(旧NISC):政府全体のサイバーセキュリティ対策との連携JPCERT/CC:脆弱性情報や対策情報の入手業界団体・中央機関:業界全体のサイバーセキュリティ強化のための支援 最後に サイバーセキュリティは、単なる規制対応ではなく、金融機関の事業継続と顧客保護のために不可欠な要素です。経営陣をはじめとした組織全体で、サイバーセキュリティ対策の継続的な強化と実効性の検証を行うことが重要です。また、サイバーセキュリティへの対応は自社だけで完結できるものではなく、外部のリソースや専門的な知見の活用も有効です。金融庁は引き続き、金融機関等の規模・特性に応じ、リスクベース・アプローチで検査・モニタリングを実施し、その中で個別金融機関等のサイバーセキュリティ管理態勢を検証していくとしています。モニタリングにおいては、金融機関等において、自らが直面するリスクを評価し、重要性・緊急性に応じて優先順位をつけた上、リソース制約を踏まえ、その低減措置に取り組むべきことに留意するとしています。 監修者:鎌田光一郎:⻘山学院大学法学部卒業。SMBC日興証券株式会社にて証券営業、経営管理業務に従事したのちPwCコンサルティング合同会社に転籍。金融機関に対するコンサルティング業務に従事。その後、Librus株式会社を設立、代表取締役に就任。お問い合わせ先Librus株式会社(代表取締役 鎌田光一郎)105-0004東京都港区新橋6丁目13-12 VORT新橋Ⅱ 4F03-6772-8015お問い合わせフォームhttps://librus.co.jp/contact

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TLPT(レッドチーム演習) ビジネストレンド・事例分析レポート

TLPT(レッドチーム演習) ビジネストレンド・事例分析レポート

Librus株式会社コンサルティングサービス事業部 エグゼクティブサマリー TLPT(Threat-Led Penetration Testing)は、金融機関のサイバーレジリエンス強化における重要な施策として、欧州DORA規制の導入により2025年から本格的な義務化が開始される。市場規模は2024年の4,042百万ドルから2031年には9,145百万ドルへと拡大が予測される一方、専門人材不足と高い実装コストが業界課題となっている。アジア太平洋地域では日本、シンガポール、香港、オーストラリアが独自の枠組みを構築し、グローバルな標準化と相互認証の推進が進んでいる。 1. TLPTの定義と概要 1.1 TLPTの基本概念 TLPT(Threat-Led Penetration Testing)は、実際の攻撃者の戦術、技術、手順(TTP:Tactics, Techniques, and Procedures)を模倣し、金融機関の重要なライブ本番システムに対して制御された形でのレッドチーム演習を実施する高度なサイバーセキュリティテスト手法である。従来のペネトレーションテストとは異なり、脅威インテリジェンスに基づいた現実的な攻撃シナリオを用いて、組織の「人・プロセス・技術」の全領域にわたる耐性を評価する。 1.2 従来のセキュリティテストとの差異 TLPTの特徴は以下の通りである。 脅威インテリジェンスに基づく現実的な攻撃シナリオの採用本番環境でのテスト実施による実際の運用影響の評価物理的侵入、ソーシャルエンジニアリング、サイバー攻撃の複合的アプローチブルーチーム(防御側)への事前通知なしでの実施パープルチーミング(攻撃・防御側の合同検証)による改善プロセス 2. 規制動向とDORA要件 2.1 DORA規制の概要 EU デジタル運用レジリエンス法(DORA)は2025年1月17日に施行され、EU域内の金融機関に対してICTリスク管理、インシデント報告、デジタル運用レジリエンスのテスト、ICTサードパーティリスク管理、情報共有の5つの柱からなる包括的な要件を課している。その中でTLPTは最も高度なテスト要件として位置づけられている。 2.2 TLPT適用対象機関 DORA規制技術基準(RTS)により、以下の金融機関がデフォルトでTLPT実施義務を負う。 グローバルシステム上重要銀行(G-SII)・国内システム上重要銀行(O-SII)認定信用機関年間1,500億ユーロ超の決済取引を処理する決済機関年間1,500億ユーロ超の決済取引または400億ユーロ超の電子マネー発行を行う電子マネー機関中央証券保管機関(CSD)中央清算機関(CCP)市場シェア基準を満たす取引会場総保険料5億ユーロ超等の基準を満たす保険・再保険会社 2.3 実装要件と実施頻度 主要要件 最低3年に1回の実施義務(監督当局判断で頻度調整可能)3回に1回は外部テスター必須使用最低12週間のアクティブレッドチーミング期間本番環境での実施脅威インテリジェンスプロバイダーは外部必須パープルチーミングの実施義務 3. 市場動向と成長予測 3.1 グローバル市場規模 TLPTサービス市場は急速な成長を示している。2024年の市場規模は4,042百万ドルから、2031年には9,145百万ドルに達すると予測されている。年平均成長率(CAGR)は約12.6%と高い成長率を維持している。この成長の主要因は以下の通りである。 DORA等の規制要件によるTLPT義務化の拡大サイバー攻撃の高度化・複雑化への対応需要金融機関における実践的セキュリティテストの重要性認識の高まりデジタル変革とクラウド移行に伴うリスク評価ニーズの拡大 3.2 市場の課題 急速な市場成長の一方で、重要な構造的課題が存在している。 3.2.1 専門人材不足 TLPTの実施には高度な専門性が求められるが、欧州監督機関(ESA)の調査によると、「TLPTやレッドチーミングは比較的新しい産業分野であり、既に小規模な市場がさらなる要件により縮小されている」状況である。具体的には: 外部テスターには5年以上の経験を持つマネージャーと2年以上の経験を持つ2名以上のチームメンバーが必要過去5件以上のTLPT類似案件の実績が要求される脅威インテリジェンス専門家の絶対数が不足 3.2.2 実装コストの上昇 専門人材不足により、TLPTサービスの価格は上昇傾向にある。特に以下の要因がコスト押し上げに寄与している。 高度な専門性を持つ人材への高額報酬本番環境でのテスト実施に伴う高リスクプレミアム複雑な調整・管理プロセスによる工数増加最低12週間という長期間の実施要件 4. アジア太平洋地域の取組み 4.1 日本の動向 4.1.1 金融庁の取組み 日本では2018年以降、金融庁が「金融分野におけるサイバーセキュリティ強化に向けた取組方針」の下で大手金融機関にTLPTの実施を要求している。2023年度には165の金融機関が参加する「金融業界横断的なサイバーセキュリティ演習(Delta Wall VIII)」を実施し、実践的な対応能力の向上を図っている。 4.1.2 実装状況と課題 KPMGの調査によると、日本の金融機関の8割以上がTLPTを実施済みまたは実施予定である一方、地域金融機関では「コスト負担増やシステムへの影響を懸念して予算化のメドが立たない」状況が課題となっている。 4.2 シンガポールの枠組み 4.2.1 ABS-AASE Framework シンガポール銀行協会(ABS)は2018年に「Red Team: Adversarial Attack Simulation Exercise Guidelines」を策定し、金融機関向けの包括的なレッドチーム演習ガイドラインを提供している。2024年9月には最新版が発行され、より実践的な要件が整備されている。 4.2.2 MAS規制との連携 シンガポール金融管理庁(MAS)のTechnology Risk Management Guidelinesと連携し、銀行・保険・投資会社に対する段階的なサイバーレジリエンス要件を設定している。 4.3 香港の取組み 4.3.1 Cybersecurity Fortification Initiative (CFI) 香港金融管理局(HKMA)は2016年12月にCFIを開始し、2020年にはCFI 2.0にアップグレードしている。同イニシアチブには以下の要素が含まれる。 Intelligence-Led Cyber Attack Simulation Testing (iCAST)Professional Development ProgrammeCyber Resilience Assessment FrameworkCybersecurity Information Sharing Platform 4.4 オーストラリアの規制 4.4.1 APRA CPS 230 オーストラリア健全性規制庁(APRA)は2025年7月から適用されるCPS 230「Operational Risk Management」において、規制対象機関に対する定期的なペネトレーションテストと第三者リスク管理を義務化している。年次ベースでのテスト実施と重要なシステム変更後の追加テストが要求されている。 5. 実装事例と成功要因 5.1 欧州大手銀行の事例 5.1.1 実装アプローチ 欧州の大手銀行では、DORA施行に先立ちTIBER-EU フレームワークに基づくTLPTを実施している。成功要因として以下が挙げられる。 経営層の強いコミットメントと予算確保専任のControl Team(ホワイトチーム)の設置外部専門プロバイダーとの長期パートナーシップ構築段階的なスコープ拡大による経験蓄積 5.2 アジア太平洋地域の先進事例 5.2.1 三菱UFJ銀行のケース 三菱UFJ銀行は2024年にCrowdStrikeのレッドチーム演習を採用し、顧客環境や問題に合わせたカスタマイズされたテストを実施している。複数のセキュリティベンダーの提案を評価した結果、実効性の高いアプローチを選択している。 6. 技術・運用上の課題と対策 6.1 主要課題の分析 TLPTの実装において、以下の技術・運用課題が共通して確認されている。 分類課題主な対策ガバナンスセキュリティ部門の立場が弱く、施策実施が停滞セキュリティ戦略の検討・実装・振り返りサイクルの組織文化醸成識別CSIRTがネットワーク・システム全体像を把握不足インシデント対応を見据えた全容把握に向けた情報整理の施策化防御クラウド利用・ゼロトラスト化による外部抜け道の発生セキュリティ観点での設計見直し、要件定義段階からの専門家関与検知疑似攻撃に対してアラートが期待通りに上がらないTLPT等の効果測定推進、多層的検知態勢構築対応正常性バイアスによるアラート看過、初動遅れTLPT等の実践的訓練による危機感醸成、重要スキル者への人事制度措置 6.2 リスク管理要件 本番環境でのTLPT実施には固有のリスクが伴うため、厳格なリスク管理が要求される。 テスト実施前のリスク評価と継続的監視緊急停止手順(Kill Switch)の整備業務継続性への影響最小化措置データ保護・機密性確保の徹底インシデント発生時の迅速な復旧体制 7. 市場機会と将来展望 7.1 新興市場機会 7.1.1 中小金融機関市場 現在はコスト面で導入が困難な中小金融機関向けに、簡易版TLPTやクラウドベースソリューションの需要が高まっている。コンソーシアム型の共同実施や標準化されたテストパッケージの開発が市場機会として期待される。 7.1.2 業界横断的展開 金融業界で蓄積されたTLPTのノウハウは、他の重要インフラ業界(エネルギー、通信、交通)への横展開が予想される。特に供給連鎖リスクの観点から、業界を超えた連携テストの需要が拡大している。 7.2 技術革新の影響 7.2.1 AIと自動化 人工知能技術の活用により、以下の領域での革新が進んでいる。 脅威インテリジェンスの自動収集・分析攻撃シナリオの自動生成テスト結果の自動評価・レポート生成継続的セキュリティ評価プラットフォーム 7.2.2 クラウドネイティブTLPT クラウド環境に特化したTLPTツールとサービスの開発が加速している。コンテナ化された攻撃ツール、オンデマンドテスト環境、クラウドセキュリティポスチャ管理(CSPM)との連携が主要な技術トレンドとなっている。 7.3 グローバル標準化の進展 TIBER-EU、CBEST(英国)、TIBER-NL(オランダ)等の地域フレームワークの相互認証と標準化が進展している。ISO/IEC 27001、NIST Cybersecurity Frameworkとの整合性確保により、多国籍金融機関での効率的なTLPT実施が可能になっている。 8. 結論と提言 8.1 主要所見 TLPTは金融業界のサイバーセキュリティ対策において、従来の守りのセキュリティから攻めのセキュリティへのパラダイムシフトを象徴する取組みである。DORA規制により欧州で本格化するTLPT義務化は、グローバルな金融機関のサイバーレジリエンス向上に重要な役割を果たすことが期待される。 一方で、専門人材不足、高コスト、技術的複雑性といった課題は短期的には解決が困難であり、段階的なアプローチと産業界全体での能力構築が必要である。 8.2 金融機関への提言 早期準備の開始:TLPT義務化を待たず、内部体制整備と外部パートナー選定を早期に開始すべきである。段階的スコープ拡大:重要度の高いシステムから順次TLPT対象を拡大し、組織の習熟度を高めるアプローチが効果的である。業界協力の推進:コンソーシアム型共同実施や知見共有により、コスト削減と品質向上を同時に実現すべきである。継続的改善体制の構築:TLPTを一過性のイベントとせず、継続的なサイバーレジリエンス向上のプロセスに組み込むべきである。 8.3 今後の展望 TLPTは2025年以降、金融機関の標準的なサイバーセキュリティ対策として定着することが予想される。技術革新と市場成熟により、より効率的で実効性の高いTLPTソリューションが登場し、中小金融機関への普及も進むと考えられる。また、国際的な標準化と相互認証の進展により、グローバル金融システム全体のサイバーレジリエンス向上に寄与することが期待される。 主要参考資料: European Banking Authority, "Final Report - Draft Regulatory Technical Standards on TLPT", July 2024Deloitte, "Threat-Led Penetration Testing: A proactive approach to cybersecurity", 2024KPMG Japan, "金融機関における脅威ベースのペネトレーションテストの動向", October 2024Association of Banks in Singapore, "Red Team: Adversarial Attack Simulation Exercises Guidelines", September 2024Market Monitor Global, "Threat Led Penetration Testing Service Market Global Outlook", 2024金融庁, "金融業界横断的なサイバーセキュリティ演習(Delta Wall Ⅸ)", 2024 監修者:鎌田光一郎:⻘山学院大学法学部卒業。SMBC日興証券株式会社にて証券営業、経営管理業務に従事したのちPwCコンサルティング合同会社に転籍。金融機関に対するコンサルティング業務に従事。その後、Librus株式会社を設立、代表取締役に就任。お問い合わせ先Librus株式会社(代表取締役 鎌田光一郎)105-0004東京都港区新橋6丁目13-12 VORT新橋Ⅱ 4F03-6772-8015お問い合わせフォームhttps://librus.co.jp/contact

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CSIRT(Computer Security Incident Response Team) ビジネストレンド・事例レポート

CSIRT(Computer Security Incident Response Team) ビジネストレンド・事例レポート

Librus株式会社コンサルティングサービス事業部 エグゼクティブサマリー 2025年、CSIRT(Computer Security Incident Response Team)は企業のサイバーセキュリティ戦略において中核的な役割を担っている。日本シーサート協議会への加盟チーム数は563チーム(2024年10月現在)に達し、2013年以降急速な成長を続けている。一方で、78%の組織がセキュリティ人材不足に直面しており、AI活用による自動化とアウトソーシングサービスの活用が重要な解決策として注目されている。 CSIRT構築運用支援サービス市場は2017年度時点で72.3億円(前年度比18.7%増)を記録し、継続的な成長を示している。特に中小企業における導入促進、AI技術を活用したインシデント対応の自動化、SOCとの連携強化が主要なトレンドとして浮上している。 1. CSIRT市場の現状と成長動向 1.1 日本におけるCSIRT設置状況 日本シーサート協議会(NCA)のデータによると、2024年10月現在、同協議会への加盟チーム数は累積で563チームに達している。2007年の協議会設立時の6組織から飛躍的な成長を遂げており、特に2013年以降、CSIRT設立と加盟が急速に進んでいる。 企業規模別の設置状況を見ると、従業員規模10,000人以上の大企業では約8割がCSIRTを導入済みであり、1,000人以上の中堅企業でも約4割がCSIRTを構築している。しかし、全体的な設置率は約20%程度にとどまり、中小企業における普及が課題となっている。 1.2 市場規模と成長予測 ITRの調査によると、国内CSIRT構築運用支援サービス市場の2017年度売上金額は72.3億円で、前年度比18.7%増と順調な成長を示した。この市場は2016年から2022年にかけて右肩上がりの成長を続けており、今後も拡大が予想される。 市場成長の背景には、サイバー攻撃の高度化・多様化、規制強化、企業のデジタル変革(DX)推進に伴うセキュリティリスクの増大が挙げられる。特に製造業、金融業、インフラ事業者における導入ニーズが高まっている。 2. 主要ビジネストレンド 2.1 人材不足とスキルギャップの深刻化 最も深刻な課題として、78%の組織がセキュリティ人材不足を感じている。特に以下の課題が顕著である: 専門性の高い人材確保の困難 - CSIRT要員に求められる技術的スキルと経験を持つ人材の絶対的不足組織体制の未整備 - 63%の組織でSOC/CSIRTなどの専門組織が未設置経営層の理解不足 - 60%の組織でCSO/CISO/サイバーセキュリティ専任者が不在継続的な人材育成の課題 - インシデント対応スキルの維持・向上が困難 2.2 AI・機械学習技術の活用拡大 人材不足を補完する手段として、AI・機械学習技術を活用したインシデント対応の自動化が急速に進展している: 2.2.1 自動検知・分析機能 異常検知アルゴリズムによるセキュリティインシデントの早期発見機械学習を用いた攻撃パターンの自動分析生成AIによるインシデント報告書の自動作成 2.2.2 対応プロセスの自動化 SOAR(Security Orchestration, Automation and Response)ツールの導入定型的なインシデント対応手順の自動実行エスカレーション判定の自動化 2.3 SOCとの連携強化 SOC(Security Operation Center)とCSIRTの役割分担と連携が明確化され、効率的なセキュリティ運用体制の構築が進んでいる: 項目SOCCSIRT主要機能24時間365日の監視・検知インシデント発生時の対応・復旧運用体制常時監視体制インシデント発生時に起動専門性監視・分析技術事後対応・フォレンジック自動化度高度な自動化判断を要する手動作業中心 2.4 アウトソーシング市場の拡大 人材不足と専門性の課題に対応するため、CSIRT機能のアウトソーシングが急速に拡大している。主なサービス形態は以下の通り: 2.4.1 フルアウトソーシング型 CSIRT機能全体を外部事業者に委託24時間365日のインシデント対応体制専門的なフォレンジック調査サービス 2.4.2 部分委託型 特定領域(マルウェア解析、法的対応等)のみ外部委託社内CSIRTと外部専門家の連携体制緊急時のオンデマンド支援サービス 2.4.3 コンサルティング・構築支援型 CSIRT立ち上げ支援運用プロセス整備・改善人材育成・トレーニングサービス 3. 業界別動向と特徴 3.1 金融業界 金融庁の「金融分野におけるサイバーセキュリティ強化に向けた取組方針」により、CSIRT設置が事実上義務化されている。主な特徴: 規制対応の徹底 - 金融庁ガイドラインに基づく体制整備高度なインシデント対応 - 脅威ベースペネトレーションテスト(TLPT)の実施業界横断的な情報共有 - 金融ISAC等を通じた脅威情報の共有レジリエンス重視 - 事業継続性を重視したインシデント対応計画 3.2 製造業 サプライチェーン攻撃への対策として、製造業でのCSIRT導入が加速している: OT(運用技術)セキュリティ - 工場システムを含む包括的な対応サプライヤー管理 - 関連会社を含むインシデント対応体制事業影響最小化 - 生産停止リスクを考慮した優先順位付け 3.3 中小企業 リソース制約の中で効率的なCSIRT運用を目指す動きが活発化: 共助型CSIRT - 複数企業による共同運用モデルクラウド型サービス - 初期投資を抑えたSaaS型CSIRT段階的導入 - 最小限の機能から段階的に拡張 4. 企業導入事例 4.1 大企業事例:freee株式会社 概要:クラウド会計ソフト大手のfreee株式会社は、GMOサイバーセキュリティ byイエラエと連携し、レッドチーム演習を実施。 特徴: 本番環境に対する実戦的なペネトレーションテスト組織全体のセキュリティリスク可視化ブルーチーム(防御側)の評価・トレーニング継続的なセキュリティ体制改善 成果:実際の攻撃シナリオに基づく演習により、従来の診断では発見できない組織的課題を特定し、CSIRT体制の強化を実現。 4.2 金融機関事例:大和ネクスト銀行 概要:セキュアワークスのRed Team Liteサービスを活用し、脅威ベースペネトレーションテスト(TLPT)を実施。 導入背景: 金融庁ガイドラインへの対応サイバーレジリエンス強化の必要性既存セキュリティ対策の有効性検証 実施内容: 実際の攻撃者手法に基づくシミュレーション防御体制の総合的な評価インシデント対応プロセスの検証 4.3 中小企業向けサービス事例:網屋「セキュサポ」 概要:専門知識が必要なCSIRT構築を3ヶ月で実現するクラウドCSIRTサービス。 サービス特徴: 月額定額制のクラウドサービス専門コンサルタントによる24時間365日サポートインシデント対応手順書の提供定期的な訓練・研修プログラム 導入効果: 初期投資コストの大幅削減専門人材確保の課題解決段階的な体制構築が可能 4.4 技術企業事例:サイボウズ株式会社 概要:自動脆弱性診断ツールの導入により、CSIRT業務の効率化を実現。 取り組み内容: 手動診断と自動診断の役割分担最適化パターン化可能な診断項目の自動化専門性を要する項目への人的リソース集中 成果: 診断工数の大幅削減診断品質の標準化継続的なモニタリング体制の構築 5. 技術革新と自動化動向 5.1 AI活用によるインシデント対応自動化 生成AIをはじめとする最新AI技術がCSIRT業務に本格導入されている: 5.1.1 インシデント分析の自動化 NTT-AT「AIサイバーインシデント分析」 - CyCraftのAI技術を活用したセキュリティ運用負荷軽減機械学習による異常検知 - 正常な挙動を学習し、異常パターンを自動識別攻撃手法の自動分類 - MITRE ATT&CKフレームワークに基づく脅威分析 5.1.2 レポート生成の自動化 生成AIによるインシデント報告書の自動作成技術的詳細の経営層向け要約生成対応履歴の自動記録・分析 5.2 SOAR(Security Orchestration, Automation and Response)の普及 定型的なインシデント対応手順の自動化により、CSIRT要員の負荷軽減と対応速度向上を実現: Splunk SOAR - 脅威判定・一次対処・影響範囲調査の自動化トリアージの自動化 - 優先度判定とエスカレーション判断証跡収集の自動化 - フォレンジック調査に必要なデータの自動収集 5.3 統合プラットフォームの進化 SIEM、SOAR、脆弱性管理を統合したプラットフォームが普及し、CSIRT業務の効率化が進んでいる: 単一画面での状況把握 - 散在する情報の一元管理ワークフロー管理 - インシデント対応手順の標準化・可視化知識ベース統合 - 過去事例とベストプラクティスの活用 6. 規制・コンプライアンス動向 6.1 金融分野の規制強化 金融庁による「金融分野におけるサイバーセキュリティ強化に向けた取組方針」が改訂され、より具体的な要件が示されている: TLPT(脅威ベースペネトレーションテスト)の定期実施サイバーレジリエンス強化 - 事業継続性を重視した対応体制グループ会社を含む統合的な管理第三者によるセキュリティ評価 6.2 重要インフラ分野の対応強化 NISC(内閣サイバーセキュリティセンター)による重要インフラ防護対策の強化: 重要インフラ14分野でのCSIRT設置推進政府機関との情報共有体制強化国際的なサイバー演習への参加促進 6.3 製造業向けガイドラインの策定 経済産業省による「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」の改訂により、製造業でのCSIRT設置が推奨されている: OT(運用技術)セキュリティの強化サプライチェーン全体でのセキュリティ管理インシデント発生時の迅速な情報共有 7. 課題と解決策 7.1 人材不足問題への対応 7.1.1 課題の詳細 絶対的な人材不足 - 日本全体で約17万人のセキュリティ人材が不足スキル要件の高度化 - AI、クラウド、IoTなど新技術への対応経験者の偏在 - 大企業への人材集中継続的な学習負荷 - 常に進化する脅威への対応 7.1.2 解決策 アウトソーシングの活用 - 専門事業者への部分委託AI・自動化技術の導入 - 定型業務の自動化による効率化人材育成プログラム - TRANSITS Workshopなどの専門研修共助型モデル - 複数企業での人材・知見共有 7.2 中小企業における導入課題 7.2.1 課題の詳細 コスト制約 - 専門人材の確保・維持コスト経営層の理解不足 - セキュリティ投資の優先度技術的知見の不足 - 適切な対策選択の困難運用継続の困難 - 日常業務との両立 7.2.2 解決策 クラウド型サービス - 初期投資を抑えたSaaS型CSIRT段階的導入 - 最小限機能から徐々に拡張業界団体の活用 - 同業他社との情報共有・共同対策政府支援制度 - 中小企業向け補助金・税制優遇の活用 8. 将来展望 8.1 技術トレンド予測 8.1.1 AI技術の更なる進化 自律型AI CSIRT - 人間の判断を要さない自動対応の実現予測型セキュリティ - 攻撃発生前の予兆検知・予防自然言語処理の活用 - 経営層向けリスクコミュニケーションの自動化 8.1.2 量子コンピューティング時代への対応 量子暗号技術への対応準備既存暗号方式の移行計画策定ポスト量子暗号の実装準備 8.2 組織・体制の進化 8.2.1 統合セキュリティ運用センター SOC、CSIRT、脆弱性管理の統合運用グローバル規模でのFollow the Sun運用クラウドネイティブなセキュリティ運用 8.2.2 エコシステム型協力体制 業界横断的な脅威情報共有基盤官民連携によるサイバー演習国際的なCSIRT連携ネットワーク 8.3 市場予測 CSIRT関連市場は今後も堅調な成長が予想される: 市場規模 - 年率15-20%の成長継続(2025-2030年)サービス多様化 - 業界特化型、機能特化型サービスの拡大国際展開 - 日本企業の海外展開に伴うグローバルCSIRTサービス新興技術対応 - IoT、5G、エッジコンピューティング対応の専門サービス 9. 推奨事項 9.1 企業向け推奨事項 9.1.1 大企業 AI活用の本格導入 - SOAR、機械学習による自動化推進グループ横断的な統合 - 子会社・関連会社を含む統合CSIRT継続的な演習実施 - レッドチーム演習、TLPT等の定期実施人材育成投資 - 社内セキュリティ人材の計画的育成 9.1.2 中小企業 段階的な導入 - 最小限機能からの段階的拡張アウトソーシング活用 - 専門事業者との戦略的パートナーシップ業界団体参加 - 同業他社との情報共有・共同対策クラウドサービス活用 - 初期投資を抑えたSaaS型サービス 9.2 政策・制度面での推奨事項 人材育成支援の強化 - 公的機関による研修・資格制度の充実中小企業支援制度 - CSIRT導入に対する財政支援・税制優遇情報共有基盤整備 - 官民連携による脅威情報共有プラットフォーム国際協力の推進 - アジア太平洋地域でのCSIRT連携強化 9.3 サービス事業者向け推奨事項 AI技術の積極的導入 - 次世代CSIRT支援サービスの開発業界特化サービス - 金融、製造業等の業界ニーズに特化グローバル展開 - 日本企業の海外事業支援サービス人材育成支援 - 顧客企業の内製化支援サービス 結論 2025年、CSIRTは企業のサイバーセキュリティ戦略において不可欠な要素となっている。人材不足という構造的課題に直面しながらも、AI技術の活用、アウトソーシングサービスの進化、SOCとの連携強化により、効率的で実効性の高いインシデント対応体制の構築が可能になっている。 特に注目すべきは、従来の大企業中心から中小企業への展開、技術志向から事業継続性重視への転換、国内完結型からグローバル連携型への進化である。今後は、量子コンピューティング、6G、メタバースなど新興技術に対応したCSIRT機能の拡張が求められる。 成功の鍵は、技術的な対策だけでなく、組織文化の変革、継続的な人材育成、ステークホルダーとの協力関係構築にある。CSIRTを単なるインシデント対応組織から、企業の競争力を支える戦略的機能へと発展させることが、デジタル時代を生き抜く企業の必須要件となっている。 参考資料: 日本シーサート協議会(NCA)公開資料ITR「CSIRT構築運用支援サービス市場規模推移および予測」NISC「サイバーセキュリティ2025」金融庁「金融分野におけるサイバーセキュリティ強化に向けた取組方針」各種企業事例・プレスリリース 監修者:鎌田光一郎:⻘山学院大学法学部卒業。SMBC日興証券株式会社にて証券営業、経営管理業務に従事したのちPwCコンサルティング合同会社に転籍。金融機関に対するコンサルティング業務に従事。その後、Librus株式会社を設立、代表取締役に就任。お問い合わせ先Librus株式会社(代表取締役 鎌田光一郎)105-0004東京都港区新橋6丁目13-12 VORT新橋Ⅱ 4F03-6772-8015お問い合わせフォームhttps://librus.co.jp/contact

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セキュリティ診断(脆弱性診断・侵入テスト) ビジネストレンド・事例レポート

セキュリティ診断(脆弱性診断・侵入テスト) ビジネストレンド・事例レポート

Librus株式会社コンサルティングサービス事業部 エグゼクティブサマリー セキュリティ診断市場は2025年に向けて急速な成長を遂げており、特に日本市場では2023年度に前年比33.3%増という驚異的な拡大を記録しました。AI技術の活用による診断自動化、クラウド・ゼロトラスト対応、TLPT(脅威ベースペネトレーションテスト)の普及、規制強化への対応が主要なトレンドとなっています。本レポートでは、市場動向、技術革新、企業事例を詳細に分析し、2025年に向けた戦略的示唆を提供します。 1. 市場規模と成長予測 1.1 日本市場の急速な拡大 日本セキュリティ診断市場規模(JNSA調査) 2023年度:719億円(前年比33.3%増)2022年度:540億円(前年比4.2%増)2024年度予測:755億円(前年比5.0%増)2025年度予測:793億円(前年比5.0%増) 日本ネットワークセキュリティ協会(JNSA)の最新調査によると、2023年度のセキュリティ診断市場は前年比33.3%増の719億円に達し、情報セキュリティサービス市場全体(6,724億円)の24.9%を占める重要なセグメントとなっています。この急成長は、サイバー攻撃の高度化、クラウド移行の加速、ゼロトラストセキュリティの普及が主要な要因となっています。 1.2 グローバル市場の動向 グローバルペネトレーションテスト市場 2024年:42.5億米ドル2029年予測:127.6億米ドル(年平均成長率24.59%)2025年予測:27.4億米ドル(年平均成長率12.5%)2032年予測:174.1億米ドル(年平均成長率17%) 複数の調査機関による予測では、グローバルペネトレーションテスト市場は2020年代を通じて年平均15-25%の高成長を維持すると予想されています。特にクラウドペネトレーションテストサービス市場は2025年に3.7億米ドル、2033年までに5.6億米ドルに達する見込みです。 2. 主要ビジネストレンド分析 2.1 AI・機械学習による診断自動化の革新 2.1.1 AI活用の現状と展望 2025年は「AI駆動セキュリティ診断元年」と位置づけられ、従来の手動診断からAI支援診断への根本的な転換が進んでいます。生成AI技術の活用により、これまで専門知識が必要だった脆弱性診断が大幅に自動化・効率化されています。 2.1.2 主要AI診断ツールの動向 AeyeScan(エーアイスキャン):生成AIを活用したSaaS型脆弱性診断ツール。Webサイトの重要度を自動で可視化し、脆弱性対策の優先順位付けを支援VAddy:継続的セキュリティテストを実現するクラウド型脆弱性診断ツールAI脆弱性チェッカー:AI技術によりWebサイト全体を自動スキャンし、短時間での脆弱性検出を実現 2.1.3 AI活用の効果 AI導入による効果 診断時間の大幅短縮(従来の1/10〜1/5に削減)人的リソース不足の解消診断精度の向上と標準化継続的監視の実現専門知識なしでの高品質診断の実現 2.2 クラウド・ゼロトラスト対応の高度化 2.2.1 新たな診断領域の拡大 JNSAの調査では、「クラウドシステムの安全性やゼロトラストシステムの安全性を診断するサービス」が高い伸びを示していると報告されています。従来のオンプレミス環境中心の診断から、クラウドネイティブ環境、ハイブリッドクラウド、マルチクラウド環境への対応が急務となっています。 2.2.2 主要クラウド診断サービス AWS/Azure/Google Cloud診断:クラウドプラットフォーム設計の不備を検出コンテナセキュリティ診断:Docker、Kubernetesの脆弱性評価マイクロサービス診断:分散アーキテクチャの総合的セキュリティ評価 2.3 TLPT・Red Team演習の標準化 2.3.1 TLPT(脅威ベースペネトレーションテスト)の普及 金融庁の「金融分野におけるサイバーセキュリティに関するガイドライン」改訂により、TLPTの実施が金融機関に実質的に義務化されました。これにより、従来の脆弱性診断から、より実践的な攻撃シミュレーションへとニーズがシフトしています。 TLPTの特徴 現実的な攻撃シナリオに基づく演習攻撃側(Red Team)と防御側(Blue Team)の実戦型演習組織全体のサイバーレジリエンス評価継続的な改善サイクルの確立 2.3.2 Red Team演習サービスの拡充 金融業界を中心にRed Team演習の需要が急速に拡大しており、専門事業者の参入が相次いでいます。従来の技術的な脆弱性発見に加え、組織的な対応力の評価・訓練が重視されています。 3. 技術革新と診断手法の進化 3.1 次世代診断技術の動向 3.1.1 統合診断プラットフォーム 従来の個別ツールによる診断から、SIEM、SOAR、XDRと連携した統合診断プラットフォームへの移行が進んでいます。これにより、診断から対策実施までの一気通貫したセキュリティ運用が可能となっています。 3.1.2 継続的セキュリティテスト(CST) DevSecOpsの普及により、開発プロセスに組み込まれた継続的セキュリティテストが標準化されています。CI/CDパイプラインと統合されたセキュリティ診断により、リアルタイムでの脆弱性検出・修正が実現されています。 3.2 診断対象の拡大 3.2.1 IoT・OT環境診断 産業制御システム(ICS/SCADA)の脆弱性診断IoTデバイスのセキュリティ評価IT/OT統合環境の総合診断 3.2.2 モバイルアプリケーション診断 iOSアプリの静的・動的解析Androidアプリの総合セキュリティ評価モバイルAPI診断 4. 業界別導入事例分析 4.1 金融業界の先進事例 事例1:大和ネクスト銀行のRed Team Lite導入 概要:顧客の資産形成を支える金融サービスを提供する大和ネクスト銀行は、サイバーレジリエンスの強化を目指し、セキュアワークスのRed Team Liteを導入。 実施内容:TLPT(脅威ベースペネトレーションテスト)を実施し、これまでの対策の有効性を実証。現実的な攻撃シナリオに基づく演習により、組織全体の対応力を評価。 成果:既存のセキュリティ対策の有効性確認と、更なる強化ポイントの特定。インシデント対応体制の実戦力向上。 4.2 IT業界の革新事例 事例2:Sansan株式会社のレッドチーム演習 概要:名刺管理サービスを提供するSansan株式会社は、組織全体のセキュリティリスク可視化とブルーチームの評価・トレーニングを目的としてレッドチーム演習を実施。 実施内容:GMOサイバーセキュリティ byイエラエによるレッドチーム演習。現実的な攻撃シナリオによる侵入テスト。 成果:セキュリティチームの実戦対応力向上、組織横断的なセキュリティ意識の醸成、継続的改善プロセスの確立。 事例3:freee株式会社の本番環境レッドチーム演習 概要:クラウド会計ソフトを提供するfreee株式会社は、全サービスの本番環境に対してレッドチーム演習を実施。 実施内容:本番環境での実戦的ペネトレーションテスト。丁寧な事前ケアにより業務影響を最小化。 成果:本番環境での実際の脅威検証、リアルタイムでのセキュリティ対応力評価。 4.3 中小企業向けソリューション 4.3.1 中小企業の課題と対策 中小企業では専門人材やリソースの制約により、大企業レベルのセキュリティ診断実施が困難な場合が多いです。しかし、AI活用ツールやクラウド型診断サービスの普及により、中小企業でも高品質な診断が可能となっています。 中小企業向けソリューション特徴 月額制のSaaS型診断ツール専門知識不要の自動診断段階的導入による負担軽減大企業レベルのセキュリティ運用をアウトソーシング 5. 規制強化と コンプライアンス対応 5.1 金融庁ガイドラインの影響 5.1.1 主要要求事項 2024年10月改訂の「金融分野におけるサイバーセキュリティに関するガイドライン」では、以下の診断実施が求められています: 脆弱性診断およびペネトレーションテストの定期実施インターネット非接続のVPN網、内部環境も対象とした診断定期的な脅威ベースペネトレーションテスト(TLPT)の実施脅威インテリジェンスを活用した実践的演習 5.1.2 業界への波及効果 金融業界での規制強化は他業界にも波及しており、製造業、エネルギー、通信など重要インフラ事業者でも同様の診断実施が検討されています。 5.2 国際規格・標準への対応 5.2.1 主要規格・標準 ISO/IEC 27001:情報セキュリティマネジメントシステムNIST Cybersecurity Framework:サイバーセキュリティフレームワークOWASP Testing Guide:WebアプリケーションセキュリティテストガイドPTES(Penetration Testing Execution Standard):ペネトレーションテスト実行標準 6. 市場構造と競合分析 6.1 市場セグメント別分析 セグメント2023年度市場規模成長率主要プレイヤーコンサルティング1,393億円20.7%大手コンサル、SI事業者診断サービス719億円33.3%専門診断事業者、セキュリティベンダー監査・評価406億円0.1%監査法人、認証機関規格認証368億円13.1%認証機関、コンサル 6.2 主要事業者の動向 6.2.1 大手システムインテグレータ NTTデータ、NEC、富士通等の大手SIerは、既存顧客基盤を活用しながらセキュリティ診断サービスを強化。特にクラウド移行支援と組み合わせたセキュリティ診断の提供が増加。 6.2.2 専門セキュリティ事業者 ラック、NRIセキュア、GMOサイバーセキュリティ、GSX等の専門事業者は、高度な技術力を武器にTLPT、Red Team演習等の付加価値の高いサービスを展開。 6.2.3 新興AI診断事業者 エーアイセキュリティラボ、Secure SkyTechnology等、AI技術を活用した診断自動化に特化した新興事業者が急成長。従来の人的診断の常識を覆すソリューションを提供。 7. 2025年に向けた展望と戦略的示唆 7.1 市場成長予測 2025年市場予測 日本セキュリティ診断市場:793億円(2023年比10.3%増)グローバルペネトレーションテスト市場:127.6億米ドルAI活用診断ツール市場:急速拡大継続TLPT/Red Team演習市場:金融以外への拡大 7.2 技術トレンド予測 7.2.1 AI技術の更なる進化 生成AIによる攻撃シナリオ自動生成機械学習による脆弱性パターン予測自然言語処理による診断レポート自動作成AIアシスタントによる診断業務支援 7.2.2 プラットフォーム統合の加速 診断・監視・対応の統合プラットフォームクラウドネイティブ診断ソリューションDevSecOpsパイプライン統合ゼロトラストアーキテクチャ対応 7.3 事業者への戦略的推奨事項 7.3.1 診断サービス事業者向け AI技術への投資強化:診断自動化ツールの開発・導入により競争優位性を確保クラウド・ゼロトラスト対応:新たな診断領域への専門性構築TLPT/Red Team能力構築:高付加価値サービスによる差別化継続的サービス化:一回限りの診断から継続的監視サービスへの転換 7.3.2 ユーザー企業向け 診断の定期化・継続化:年1回の診断から継続的監視への移行AI診断ツールの活用:内製化による効率性向上とコスト削減実践的演習の導入:TLPT、Red Team演習による実戦力強化クラウド環境対応:従来診断に加えクラウドセキュリティ診断の実施 8. 結論 セキュリティ診断市場は2025年に向けて構造的な変化の中にあります。AI技術の活用による診断自動化、クラウド・ゼロトラスト環境への対応、TLPT/Red Team演習の普及、規制強化への対応という4つの大きなトレンドが市場を牽引しています。 特に日本市場では2023年度に33.3%という驚異的な成長を記録し、今後も継続的な拡大が予想されます。この成長の背景には、サイバー攻撃の高度化、デジタル変革の加速、規制要求の強化があり、企業のセキュリティ診断に対するニーズは質・量ともに高度化しています。 成功する事業者は、AI技術の活用、新たな診断領域への対応、高付加価値サービスの提供という3つの要素を統合したソリューションを提供する企業となるでしょう。一方、ユーザー企業は従来の年次診断から継続的セキュリティテストへの転換、内製化とアウトソーシングの適切な組み合わせ、実践的演習による組織力強化が重要になります。 2025年はセキュリティ診断業界にとって「AI活用元年」かつ「実戦演習標準化元年」として記憶される年になると予想されます。この変化に適応できる事業者・ユーザーが、次世代のサイバーセキュリティ環境で競争優位を確立できるでしょう。 監修者:鎌田光一郎:⻘山学院大学法学部卒業。SMBC日興証券株式会社にて証券営業、経営管理業務に従事したのちPwCコンサルティング合同会社に転籍。金融機関に対するコンサルティング業務に従事。その後、Librus株式会社を設立、代表取締役に就任。お問い合わせ先Librus株式会社(代表取締役 鎌田光一郎)105-0004東京都港区新橋6丁目13-12 VORT新橋Ⅱ 4F03-6772-8015お問い合わせフォームhttps://librus.co.jp/contact

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セキュリティオペレーションセンター(SOC) ビジネストレンド・事例レポート

セキュリティオペレーションセンター(SOC) ビジネストレンド・事例レポート

Librus株式会社コンサルティングサービス事業部 エグゼクティブサマリー セキュリティオペレーションセンター(SOC)は、AI技術の急速な進歩と統合セキュリティプラットフォームの普及により、根本的な変革期を迎えている。2025年は「AI-powered SOC」が本格的な成長を遂げる転換点として位置づけられ、従来の人的リソース中心の運用から自動化・自律化されたインテリジェントな脅威対応への進化が加速している。 市場規模においては、SOC as a Service市場が2024年の74.5億ドルから2032年には204億ドルへと年平均成長率13.4%で急拡大すると予測されており、企業のセキュリティ運用のアウトソーシング需要が顕著に高まっている。 1. SOC市場の現状と成長予測 1.1 グローバル市場規模の動向 セキュリティオペレーションセンター市場は急速な拡大を続けており、特にSOC as a Service(SOCaaS)セグメントが牽引役となっている。複数の市場調査機関の報告によると: SOC as a Service市場:2024年74.5億ドル → 2032年204億ドル(CAGR 13.4%)セキュリティオペレーションソフトウェア市場:2024年268億ドル → 2033年5,168億ドル(CAGR 7.5%)マネージドセキュリティサービス市場:2025年190.4億ドル → 2032年4,148億ドル(CAGR 11.40%) 1.2 日本市場の特徴 日本ネットワークセキュリティ協会(JNSA)の2024年調査によると、国内情報セキュリティ市場は2023年度に1兆4,628億円(前年比9.8%増)に達した。この成長の背景には以下の要因がある: 国際的紛争の影響によるサイバー攻撃の増加ランサムウェア攻撃とフィッシング詐欺の多様化個人情報保護法改正等の法規制対応需要ハイブリッドワーク環境でのセキュリティ強化ゼロトラスト概念の普及とエンドポイントセキュリティ重視 1.3 成長促進要因 SOC市場の急成長を支える主要な促進要因として、以下が挙げられる: サイバー脅威の高度化:攻撃者のAI活用による攻撃手法の巧妙化人材不足の深刻化:専門的なセキュリティアナリストの慢性的不足24時間365日監視需要:グローバル事業展開企業の増加規制・コンプライアンス要求:業界固有のセキュリティガイドライン強化クラウド移行加速:マルチクラウド環境でのセキュリティ複雑化 2. 技術革新による次世代SOCの台頭 2.1 AI-Powered SOCの実現 2025年は「AI-powered SOC」が本格的な普及段階に入る転換点として位置づけられている。Palo Alto Networksの分析によると、AI活用により以下の変革が実現されている: アラート処理の自動化:100%アラートカバレッジの実現アナリスト業務の高度化:トリアージ業務から脅威ハンティング・攻撃シミュレーションへのシフト(70%の時間配分変更)リアルタイム脅威検知:機械学習による異常検知精度の向上自動修復機能:同一アラートの再発防止による継続的セキュリティ向上 2.2 統合セキュリティプラットフォームの進化 2.2.1 次世代SIEM・XDR・SOARの統合 従来の個別ツール運用から統合プラットフォームへの移行が加速している。主要な統合トレンドは以下の通り: 技術要素従来の課題統合後の効果SIEMサイロ化された情報管理統一された脅威可視化SOAR手動インシデント対応オーケストレーション自動化XDRエンドポイント限定検知マルチレイヤー統合検知NDRネットワーク単体分析コンテキスト統合分析 2.2.2 クラウドネイティブSOCの台頭 クラウドファーストの企業戦略に対応し、クラウドネイティブなSOCソリューションが主流となっている。主な特徴: マルチクラウド環境での統一監視スケーラブルなログ処理能力API連携による拡張性DevSecOps統合 2.3 生成AI活用による変革 生成AIの企業導入が進む中で、SOC運用における活用も急速に拡大している: インシデント分析の自動化:自然言語でのレポート生成脅威インテリジェンス強化:パターン認識精度の向上プレイブック自動生成:対応手順の動的最適化アナリスト支援:専門知識のリアルタイム提供 3. SOC as a Service(SOCaaS)の急成長 3.1 アウトソーシング需要の背景 企業のSOC運用外部委託が急速に拡大している背景には、以下の構造的要因がある: 専門人材確保の困難:セキュリティアナリストの慢性的不足24時間体制のコスト負担:内製SOCの運用コスト高騰技術的複雑性の増大:マルチベンダー環境の統合運用困難規制対応の専門性:業界固有要件への対応負荷 3.2 サービス提供モデルの多様化 3.2.1 Co-managed SOC 企業の内製SOCチームとサービスプロバイダーが協働する hybrid model が注目を集めている。 3.2.2 Industry-specific SOC 金融、製造業、ヘルスケア等の業界特化型SOCサービスが成長している。 3.2.3 SMB向け SOC 中小企業向けの簡易SOCサービスが市場拡大を牽引している。 3.3 主要SOCサービスプロバイダーの動向 企業カテゴリ特徴成長戦略大手システムインテグレータ既存顧客基盤活用SI案件でのSOC併売専業セキュリティサービス高度専門性AI技術投資による差別化クラウドベンダープラットフォーム統合クラウドネイティブ機能強化グローバルMSSP24時間グローバル体制地域展開と現地パートナーシップ 4. 業界別SOC導入事例と成功要因 4.1 金融業界 4.1.1 導入背景 金融業界では、規制要求の厳格化とサイバー攻撃の標的化により、最も積極的なSOC投資が行われている。 4.1.2 特徴的な要件 リアルタイム不正検知金融庁ガイドライン準拠低レイテンシー要求厳格なデータ保護 4.1.3 成功事例 大手銀行では、AI-powered SOCの導入により不正取引検知精度を40%向上させ、偽陽性率を60%削減する成果を達成している。 4.2 製造業界 4.2.1 OT(運用技術)セキュリティの統合 製造業では、IT環境とOT環境の統合監視が重要な課題となっている。2025年のOTサイバーセキュリティトレンドとして以下が挙げられる: IT/OT統合セキュリティ監視産業制御システム(ICS)保護サプライチェーンセキュリティハイブリッドワークフォース対応 4.2.2 成功要因 製造業のSOC成功事例では、以下の要因が重要視されている: 生産ラインへの影響を最小化する段階的導入OTスペシャリストとITセキュリティチームの連携ベンダー中立的なプラットフォーム選択 4.3 中小企業における SOC 活用 4.3.1 導入課題の解決 中小企業では、リソース制約を克服するため、以下のアプローチが効果的とされている: クラウド型SOCサービス:初期投資の最小化業界特化型パッケージ:標準化による導入コスト削減段階的機能拡張:成長に応じたスケールアップ 4.3.2 効果測定 中小企業A社の事例では、SOCサービス導入により以下の効果を実現: インシデント対応時間:72時間 → 4時間(95%短縮)セキュリティ運用コスト:40%削減コンプライアンス対応工数:60%削減 5. 主要ベンダーの戦略動向 5.1 統合プラットフォーム戦略 5.1.1 Palo Alto Networks Cortex XSIAMプラットフォームを中核とした統合戦略を推進。IBM QRadar SaaS資産の買収(2024年9月完了)により、SIEM市場でのポジション強化を図っている。 5.1.2 次世代SIEM競争の激化 従来のSIEMベンダーと新興XDRベンダーの競争が激化している。主要な差別化要因: AI/ML機能の実装度クラウドネイティブ対応統合プラットフォーム提供能力自動化・オーケストレーション機能 5.2 日本市場での競争環境 日本のSOC市場では、以下の競争軸が重要となっている: 競争軸重要度トレンド日本語対応高AI翻訳技術による多言語対応向上法規制対応高業界固有ガイドラインへの特化オンプレミス対応中ハイブリッド環境への移行価格競争力中TCO重視の評価基準 6. 2025年の重要予測と戦略的示唆 6.1 Palo Alto Networks による2025年予測 6.1.1 統合セキュリティプラットフォームの標準化 統合SOC・クラウドセキュリティプラットフォームが企業全体の攻撃阻止の標準となる。従来の個別ツール運用では、クラウド環境での迅速な脅威対応が困難となっている。 6.1.2 SOCの役割拡大:エクスポージャー管理 従来のアラート対応中心から、AI駆動によるエクスポージャー管理への役割拡大が進む。リアルタイムでの脅威識別・評価・修復の自動化が実現される。 6.1.3 AI革命によるアナリスト役割の再定義 AIによる日常的オペレーション自動化により、人間アナリストの役割が戦略的分析・意思決定にシフトする。 6.2 市場展望と投資動向 6.2.1 投資優先領域 AI/ML技術:自動化・自律化機能の高度化クラウドネイティブ基盤:スケーラビリティとアジリティの向上統合プラットフォーム:運用効率化とTCO削減業界特化機能:垂直市場でのポジション確立 6.2.2 新興技術トレンド 量子暗号技術の実用化準備エッジコンピューティング環境でのセキュリティIoT/OTデバイス統合監視ゼロトラストアーキテクチャとの融合 7. 実践的推奨事項 7.1 企業規模別アプローチ 7.1.1 大企業 統合プラットフォーム戦略の策定AI-powered SOC への段階的移行グローバル統一SOC体制の構築DevSecOps統合による開発プロセス組み込み 7.1.2 中堅企業 Co-managed SOC モデルの検討業界特化型SOCサービスの活用クラウドファーストによるコスト最適化段階的機能拡張による投資効率化 7.1.3 中小企業 SOC as a Service の積極活用業界団体による共同SOCの検討基本機能からの段階的導入マネージドサービスによる専門性確保 7.2 技術選定の要点 評価基準の優先順位: AI/自動化機能の実装度統合プラットフォーム対応クラウドネイティブ対応業界固有要件への適合性スケーラビリティ・拡張性ベンダーの技術投資継続性 7.3 組織・人材戦略 役割の再定義:自動化により余剰となる定型業務から戦略的分析へのシフトスキル開発:AI/ML技術理解とビジネスコンテキストの理解外部パートナーシップ:専門性補完のための戦略的アライアンス継続的学習:急速な技術進歩に対応する学習体制整備 8. 結論 セキュリティオペレーションセンター(SOC)は、AI技術の急速な進歩と統合プラットフォームの普及により、従来の概念を大きく超越した進化を遂げている。2025年は、この変革が本格的に実装され、企業のセキュリティ運用における競争優位性を決定づける重要な転換点となる。 市場データが示すように、SOC as a Service市場の急成長(CAGR 13.4%)は、企業のアウトソーシング需要の高まりを反映している。同時に、AI-powered SOCの実現により、人的リソースの制約を克服し、より効果的で効率的なセキュリティ運用が可能となっている。 成功する組織は、単純な技術導入を超えて、統合プラットフォーム戦略、AI活用による運用変革、そして人材の役割再定義を包括的に実装している。特に、従来のアラート対応中心の運用から、プロアクティブなエクスポージャー管理への転換が重要な差別化要因となっている。 今後、企業は自社の規模・業界特性・技術成熟度に応じた最適なSOC戦略を策定し、継続的な技術投資と組織能力向上を通じて、進化するサイバー脅威に対する強靱な防御体制を構築する必要がある。 監修者:鎌田光一郎:⻘山学院大学法学部卒業。SMBC日興証券株式会社にて証券営業、経営管理業務に従事したのちPwCコンサルティング合同会社に転籍。金融機関に対するコンサルティング業務に従事。その後、Librus株式会社を設立、代表取締役に就任。お問い合わせ先Librus株式会社(代表取締役 鎌田光一郎)105-0004東京都港区新橋6丁目13-12 VORT新橋Ⅱ 4F03-6772-8015お問い合わせフォームhttps://librus.co.jp/contact

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リーディング企業リスクマネジメント領域 トレンドと事例

リーディング企業リスクマネジメント領域 トレンドと事例

Librus株式会社コンサルティングサービス事業部 エグゼクティブサマリー 現代の大企業を取り巻くリスク環境は劇的に変化しており、従来の個別対応型リスク管理から統合的なリスクマネジメントへの転換が急速に進んでいます。本レポートでは、2025年に向けた大企業のリスクマネジメント最新トレンドと先進事例を分析し、地政学リスク、ESGリスク、デジタルリスクという3大メガトレンドを軸とした包括的なリスク管理体制構築の必要性を明らかにします。 1. リスクマネジメントのパラダイムシフト 現代の大企業を取り巻くリスク環境は劇的に変化しており、従来の個別対応型リスク管理から統合的なリスクマネジメントへの転換が急速に進んでいます。東京海上ディーアールの調査では、2025年に注視すべき10大グローバルリスクが特定されており、企業はより複雑で相互関連性の高いリスクに対処する必要性が増しています。 この変化の背景には、以下の要因があります: リスクの相互関連性の高まり外部環境変化のスピード加速ステークホルダー期待の多様化規制・基準の国際統合化 2. 主要なリスクマネジメントトレンド 2.1 統合リスク管理(ERM)の高度化 大企業では、従来の個別リスク対応から全社統合的なアプローチへの転換が加速しています。特に以下の特徴が顕著です: リスクマップの活用 三菱商事の事例では、統一基準による連結ベースでのリスク評価とマップ化により、「特にモニタリングを要するリスク項目」を特定し、取締役会レベルでの監視体制を構築しています。 3ステップ評価プロセス 現状評価:リスクマップ策定による統一基準評価外部環境を加味した中期的評価:地政学、経済、環境要因の考慮対処策の整理:統合的な対応戦略の策定 GRCプラットフォームの導入 ガバナンス・リスク・コンプライアンス(GRC)の統合プラットフォーム導入により、組織全体での一元的なリスク管理を実現する企業が増加しています。 2.2 ESGリスク統合への対応 ESG要素のリスクマネジメントへの統合が急速に進展しています: 気候変動リスク管理の進化 TCFD提言からIFRS S2基準、SSBJ基準への移行準備物理的リスクと移行リスクの定量化財務インパクトの具体的な測定と開示への対応 サプライチェーン全体のESGリスク管理 企業は自社のみならず、サプライチェーン全体にわたるESGリスクの把握と管理体制構築を進めています。 2.3 デジタルリスクマネジメントの重要性拡大 生成AI統合によるリスク ChatGPT等の生成AI活用に伴う新たなリスク類型への対応が急務となています。主なリスクとして以下が挙げられます: 情報漏洩リスクバイアス・差別リスク知的財産権侵害リスク品質・精度に関するリスク サイバーセキュリティの高度化 攻撃手法の巧妙化に対応した多層防御体制の構築が重要となっています。特に以下の取り組みが重視されています: ゼロトラストアーキテクチャの導入インシデント対応体制の強化サプライチェーンセキュリティの確保 3. 2025年注目のグローバルリスク 3.1 地政学リスクの深刻化 第2期トランプ政権 第1期以上の不確実性と保護主義的政策の影響が予想されます。特に以下の政策領域で企業への影響が懸念されます: 通商・貿易分野での関税引上げ環境・エネルギー政策の転換移民政策による労働市場への影響 米中関係の更なる緊張 経済安全保障リスクの拡大により、企業のサプライチェーン戦略の見直しが必要となっています。 東アジア情勢 台湾海峡、朝鮮半島における武力紛争リスクの増大が、日本企業の事業継続計画に重大な影響を与える可能性があります。 3.2 経済・金融リスク 中国・欧州経済の不安定性 世界の名目GDPに占める割合がそれぞれ17.5%、16.8%の両地域の経済動向は、世界経済に大きな波及リスクをもたらします。 保護主義の台頭 貿易戦争と対抗措置の応酬懸念により、国際通貨基金(IMF)は世界の実質GDP成長率を大幅に押し下げるリスクを指摘しています。 3.3 環境・社会リスク 気候変動の物理的影響 2024年は世界・日本ともに統計開始以降最高気温を記録し、企業の事業活動への直接的影響が拡大しています。 労働力不足 「長期かつ粘着的」な人材不足への対策必要性が高まっており、企業の持続的成長への制約要因となっています。 4. 大企業の先進的リスクマネジメント事例 4.1 三菱商事の統合リスク管理 革新的なアプローチ 16項目のリスクマップ:「発生可能性」と「影響度」の2軸による統一評価基準外部環境要因の統合:地政学、経済、環境要因を考慮した中期的評価リスク管理方針の類型化:定量管理重視型と発生時対応重視型の2分類 具体的対策 グローバルインテリジェンス委員会(GI委員会)による地政学リスク対応カントリーリスク対策制度の整備気候変動物理的リスクの資産別分析(原料炭・銅) 4.2 AIガバナンス先進事例 生成AI統合リスク管理 大企業では以下のような生成AI統合リスク管理の取り組みが進んでいます: AIリスク管理フレームワークの構築生成AI利用ガイドラインの策定AIバイアス検出と緩和システムの導入AIガバナンス委員会の設置 5. リスクマネジメント技術の進化 5.1 デジタル技術の活用 AI活用リスク予測 機械学習による早期警戒システムの導入により、リスクの兆候を事前に検知し、予防的な対策を講じることが可能になっています。 リアルタイム監視 IoTとビッグデータ分析による継続的モニタリングシステムの構築により、24時間365日のリスク監視体制を実現しています。 統合ダッシュボード 全社リスク状況の可視化により、経営陣がリアルタイムでリスク状況を把握し、迅速な意思決定を行うことができます。 5.2 シナリオ分析の高度化 マルチリスクシナリオ 複数リスクの相互作用を考慮した分析により、より現実的なリスク評価が可能になっています。 ストレステスト 極端シナリオでの企業レジリエンス評価により、危機時の対応能力を事前に検証しています。 6. 規制・基準の動向 6.1 国際基準の統合化 ISSB(国際サステナビリティ基準審議会) IFRS S1・S2基準の世界標準化により、企業のサステナビリティ情報開示の統一化が進んでいます。 SSBJ(サステナビリティ基準委員会) 日本版サステナビリティ開示基準の策定により、国内企業の対応準備が本格化しています。 6.2 AIガバナンス規制 生成AI利用に関する政府ガイドライン対応とAI倫理・プライバシー保護要件の厳格化により、企業のAIガバナンス体制構築が急務となっています。 7. 今後の展望と課題 7.1 統合化の加速 ESG、デジタル、地政学リスクの統合管理体制構築とステークホルダー期待の多様化への対応が重要課題となっています。 7.2 人材・組織の課題 リスクマネジメント専門人材の確保・育成全社的リスク文化の醸成部門横断的な連携体制の構築 7.3 技術活用の拡大 予測分析技術の精度向上リスク管理プロセスの自動化推進新興技術リスクへの対応力強化 8. 実践的推奨事項 8.1 短期的対応(1年以内) 統合リスクマップの構築:全社リスクの可視化と優先順位付けクライシス対応体制の強化:複合リスク発生時の初動対応プロセス整備ESG情報開示準備:TCFD、IFRS S2基準への対応準備AIガバナンス体制構築:生成AI利用ガイドラインの策定 8.2 中長期的戦略(2-3年) デジタルツール導入:GRCプラットフォームの構築人材育成:リスクマネジメント専門チームの強化ステークホルダー連携:サプライチェーン全体のリスク管理協力体制構築シナリオ分析高度化:マルチリスクシナリオの実装 8.3 戦略的投資領域 投資領域優先度期待効果統合リスク管理システム高全社リスクの可視化・一元管理AI活用予測分析高早期警戒・予防的対策サイバーセキュリティ強化高デジタルリスクの軽減専門人材育成中組織能力の底上げ 9. 結論 大企業のリスクマネジメントは、個別対応から統合的アプローチへの根本的転換期にあります。地政学、気候変動、デジタル化という3大メガトレンドを軸とした包括的なリスク管理体制の構築が、企業の持続的成長と競争優位性確保の鍵となっています。 特に重要なのは、以下の3つの統合的アプローチです: リスクの統合管理:個別リスクの相互関連性を考慮した全社的なリスクマップの構築ステークホルダー統合:多様化するステークホルダー期待への統合的な対応技術統合:AI、IoT、ビッグデータ等のデジタル技術を活用した予測・監視システムの構築 企業は変化する外部環境に適応するだけでなく、リスクを機会に変える「したたかな姿勢」が求められています。統合的なリスクマネジメント体制の構築により、不確実性の高い経営環境下においても持続的な企業価値向上を実現することが可能となります。 本レポートの活用指針 本レポートで提示した分析結果と推奨事項を基に、各社の事業特性とリスクプロファイルに応じたリスクマネジメント戦略の見直しと強化をご検討いただくことを推奨いたします。特に、統合リスク管理システムの導入と専門人材の育成は、短期的な対応として最優先で取り組むべき課題です。 監修者:鎌田光一郎:⻘山学院大学法学部卒業。SMBC日興証券株式会社にて証券営業、経営管理業務に従事したのちPwCコンサルティング合同会社に転籍。金融機関に対するコンサルティング業務に従事。その後、Librus株式会社を設立、代表取締役に就任。お問い合わせ先Librus株式会社(代表取締役 鎌田光一郎)105-0004東京都港区新橋6丁目13-12 VORT新橋Ⅱ 4F03-6772-8015お問い合わせフォームhttps://librus.co.jp/contact

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リーディングカンパニーにおける サードパーティセキュリティリスクマネジメント

リーディングカンパニーにおける サードパーティセキュリティリスクマネジメント

Librus株式会社コンサルティングサービス事業部 エグゼクティブサマリー デジタル変革の加速により、企業のサードパーティへの依存度は前例のない水準に達している。2024年の調査によると、73%の組織がサードパーティリスク管理(TPRM)プログラムの非効率性により風評リスクに晒されていると報告している。 2024年は多くの重大なサードパーティ関連インシデントが発生した年として記録されており、CrowdStrikeの大規模システム障害、Change Healthcareのランサムウェア攻撃、MOVEitファイル転送ソフトウェアの脆弱性悪用など、いずれも数百万人の顧客と数千の企業に影響を与えた。 本ホワイトペーパーでは、2025年における大規模事業者のサードパーティリスクマネジメントの最新トレンド、主要インシデントの詳細分析、実践的なベストプラクティス、そして新興する規制要件について包括的に分析する。 1. 市場動向とトレンド 1.1 市場規模とベンダーリスク管理の成長 ベンダーリスク管理市場は急速な成長を続けており、2024年には119億8,000万米ドルに達し、年平均成長率12.5%で成長し、2029年には215億9,000万米ドルに達すると予測されている。 この成長の主要因として以下が挙げられる: サプライチェーン攻撃の431%増加(2021-2023年)規制要件の強化(DORA、NIS2、金融庁ガイドライン等)AI技術の導入によるリスク評価の高度化サードパーティへの依存度の継続的な増加 1.2 2025年のキートレンド 1.2.1 AI駆動型リスク管理の普及 2025年は「統合リスク管理とAIの産業化」が主要テーマとなる。調査によると、2024年に37%の組織がAIリスクを管理していなかったが、2025年にはこの数字が23%に大幅減少し、38%の改善を示している。 1.2.2 サードパーティ依存関係の拡大 AIの導入により、組織のサードパーティ依存関係はさらに拡大している。特に以下の分野で顕著: クラウドサービスプロバイダーSaaSアプリケーションAIプラットフォームとモデル提供者サイバーセキュリティベンダー 1.2.3 新たな脆弱性の拡大 サードパーティリスクの範囲は従来のサイバーセキュリティリスクを超えて拡大している: 運用継続性リスクデータプライバシー・主権リスクESG・レピュテーションリスク地政学的リスク 2. 主要インシデント事例分析 2.1 CrowdStrike大規模システム障害(2024年7月) ■インシデント概要 発生日:2024年7月19日原因:CrowdStrike Falcon Sensorの欠陥のあるコンテンツアップデート影響範囲:世界規模での航空、銀行、緊急サービス、医療システムの停止 ■学習ポイント 単一ベンダー依存のリスク:重要なサービスにおける単一ベンダーへの過度な依存の危険性カスケード障害:一つのソフトウェア更新が業界全体に影響を与える可能性代替手段の重要性:主要ベンダーが利用不可能になった場合の代替戦略の必要性更新管理:自動更新プロセスにおけるリスク評価と段階的展開の重要性 ■対応策 重要システムにおけるマルチベンダー戦略の採用更新プロセスの段階的展開とテスト環境での事前検証インシデント対応計画の定期的な見直しと訓練 2.2 Change Healthcare ランサムウェア攻撃(2024年2月) ■インシデント概要 発生日:2024年2月21日攻撃者:ロシア系ランサムウェアグループ損害額:24億5,700万ドル(2024年第3四半期時点)影響:全米の医療システムの運用停止、患者データの大規模漏洩 ■学習ポイント 重要インフラへの影響:医療システムのような重要インフラにおけるサードパーティ依存のリスクデータブリーチの規模:1億人を超える個人情報が影響を受けた復旧期間の長期化:システム復旧に8ヶ月以上を要した経済的影響:史上最大規模のランサムウェア攻撃による損失 2.3 MOVEit ファイル転送ソフトウェア攻撃(2023年) ■インシデント概要 発生時期:2023年5月〜攻撃手法:Progress Software MOVEit TransferのゼロデイSQL脆弱性悪用攻撃者:Clopランサムウェアグループ影響企業:Shell、British Airways、BBC等数千社 ■学習ポイント ファイル転送ソフトウェアのリスク:機密データを扱うファイル転送システムの脆弱性ゼロデイ攻撃:事前に知られていない脆弱性を悪用した攻撃の脅威サプライチェーン攻撃:一つのソフトウェアベンダーを通じた大規模な被害 2.4 SolarWinds サプライチェーン攻撃(2020年)継続的な教訓 ■継続的な影響と教訓 SolarWinds攻撃から4年が経過した現在も、その教訓は2025年のサードパーティリスク管理において重要な指針となっている: ソフトウェア更新プロセスの セキュリティ強化ゼロトラストアーキテクチャの採用継続的監視とアノマリー検出ベンダー評価プロセスの強化 2.5 Log4jの脆弱性(CVE-2021-44228)の継続的な影響 ■2025年における継続的なリスク 2021年末に発見されたLog4jの脆弱性は、2025年現在でも多くの組織にとって課題となっている: レガシーシステムでの未修正の脆弱性サードパーティソフトウェアに組み込まれた隠れたLog4jコンポーネントベンダー管理におけるソフトウェア部品表(SBOM)の重要性 ■対応策 すべてのサードパーティソフトウェアのSBOM要求脆弱性スキャンの定期実行ベンダーとの脆弱性対応に関する明確な契約条項 3. ベストプラクティスとフレームワーク 3.1 TPRM最適化のための10の重要要素(KPMG推奨) 明確なインシデント報告プロトコルの確立サードパーティがセキュリティ侵害やコンプライアンス問題を報告する方法と時期を明確に定義リスクスチュワードの任命組織全体のサイロを超えてリスク管理要件の優先順位付けを行う専任担当者の設置企業レベルでの統合的アプローチ調達、サイバーセキュリティ、サプライチェーン管理を統合したホリスティックな視点AI導入準備への投資データ品質改善、標準化、ガバナンス体制の整備継続的リスク監視ベンダーのリスクプロファイルの定期的な評価と更新契約条項の標準化セキュリティ要件、インシデント対応、データ保護に関する標準契約条項複数層防御の実装単一の防御策に依存しない多層的なセキュリティ対策定期的な評価とテストペネトレーションテスト、脆弱性評価、インシデント対応訓練ベンダー関係の多様化重要なサービスにおける単一ベンダー依存の回避出口戦略の準備主要ベンダーとの関係終了時の代替手段と移行計画 3.2 NIST サイバーセキュリティフレームワーク 2.0 対応 NIST CSF 2.0では、サプライチェーンサイバーセキュリティリスク管理がより重点的に扱われている: 機能カテゴリ主要要件GOVERNサイバーセキュリティサプライチェーンリスク戦略組織のコンテキスト理解、戦略確立IDENTIFYID.SC-4サプライヤーとサードパーティパートナーの定期的評価PROTECTサプライチェーン保護適切な保護措置の実装DETECT継続的監視サプライチェーン内の異常検知RESPONDインシデント対応サプライチェーンインシデントへの迅速な対応RECOVER復旧計画サプライチェーン中断からの復旧 3.3 EY推奨:AI活用による変革的TPRM EYの2025年サードパーティリスク管理調査によると、以下の3つのアクションがTPRM変革を加速する: 3.3.1 企業レベルでの統合的アプローチ 規制要件、取締役会指令、投資家要求の統合理解組織サイロを超えたメトリクス統合エンタープライズレベルでの意思決定最適化 3.3.2 AI準備態勢への投資 既存TPRMプロセス、ツール、データ管理慣行の包括的評価データ品質改善と標準化従業員のスキルギャップ解消と訓練新興AIトレンドの継続的監視 3.3.3 前提条件の見直しとティッピングポイントの加速 技術の非線形変化への適応コストベネフィット計算の見直し組織構造の再編 4. 規制環境とコンプライアンス 4.1 欧州:DORA(Digital Operational Resilience Act) 施行日:2025年1月17日対象:EU内の金融機関とその重要なサードパーティサービスプロバイダー 主要要件 ICTリスクマネジメントフレームワークの確立サードパーティサービスプロバイダーの継続的監視インシデント報告とリスク管理デジタル運用レジリエンステストICTサードパーティリスクの包括的管理 4.2 日本:金融庁サイバーセキュリティガイドライン 公表日:2024年10月4日対象:国内金融機関 サードパーティリスク管理の着眼点 契約開始時およびその後の継続的なリスク評価サードパーティのサイバーセキュリティ態勢の定期的確認インシデント発生時の報告・対応体制SaaSリスク管理の強化(SSPM: SaaS Security Posture Management) 4.3 日本:経済産業省サプライチェーンセキュリティ対策 制度開始予定:2026年10月(予定)対象:サプライチェーン企業 評価制度の概要 5段階のセキュリティ対策レベル評価星の数による可視化システム基本的対策の導入認証サイバー攻撃リスクの約80%低減効果 4.4 米国:連邦規制動向 NIST SP 800-161 Rev. 1 サイバーサプライチェーンリスク管理の包括的ガイダンスC-SCRM(Cyber Supply Chain Risk Management)の実装ベンダー選定と管理のベストプラクティス SEC サイバーセキュリティ開示規則 重大なサイバーインシデントの4日以内報告年次サイバーセキュリティリスク管理開示サードパーティリスクの透明性要求 5. 業界別リスク特性 5.1 金融サービス業 主要リスク フィンテックパートナーのサイバーリスククラウドサービスプロバイダーの集中リスク決済処理業者の運用継続性リスクデータプロセッサーの規制コンプライアンスリスク 対応戦略 金融業界固有のリスク評価フレームワークレジリエンス要件の契約化定期的なストレステスト規制当局との連携強化 5.2 ヘルスケア業界 主要リスク 電子健康記録(EHR)システムの脆弱性医療機器メーカーのセキュリティリスククラウドストレージプロバイダーのデータ保護医療用IoTデバイスの管理 5.3 製造業 主要リスク 産業制御システム(ICS/SCADA)の脆弱性サプライヤーの製造停止リスク知的財産の保護IoTセンサーとエッジデバイスのセキュリティ 6. 技術トレンドとイノベーション 6.1 AI・機械学習の活用 現在の応用領域 リスクスコアリング:ベンダーのリスクレベル自動評価異常検知:サードパーティ行動の異常パターン検出予測分析:将来のリスク発生確率予測自然言語処理:契約書の自動レビューとリスク条項抽出 2025年の新興技術 エージェンティックAI:自律的なリスク評価と対応マルチモーダルAI:テキスト、画像、データの統合分析推論AI:複雑なリスクシナリオの分析自己改善AI:継続的学習による評価精度向上 6.2 ブロックチェーンとサプライチェーン透明性 サプライチェーンの完全なトレーサビリティ改ざん不可能な取引記録スマートコントラクトによる自動コンプライアンスデジタル身元証明とゼロトラスト統合 6.3 ゼロトラストアーキテクチャ サードパーティリスク管理における適用 「信頼するが検証する」から「決して信頼せず、常に検証する」へ継続的な認証と認可最小権限アクセス原則マイクロセグメンテーション 7. 財務影響とROI分析 7.1 サードパーティリスクの財務インパクト インシデント種類平均損失額(USD)復旧期間追加影響データブリーチ4.45 million287日規制罰金、訴訟システム停止5.6 million24時間顧客信頼失墜サプライチェーン攻撃2.4 billion8ヶ月業界全体影響ランサムウェア1.85 million23日風評被害 7.2 TPRM投資のROI コスト削減効果 インシデント予防:平均70%のセキュリティインシデント削減コンプライアンス効率化:規制対応コスト40%削減契約交渉力向上:ベンダー費用15-20%削減運用効率化:手作業による評価時間80%短縮 投資回収期間 大規模企業:18-24ヶ月中規模企業:12-18ヶ月金融機関:6-12ヶ月(規制要件により) 8. 業界ベンチマークと成熟度評価 8.1 TPRM成熟度モデル レベル特徴組織の割合主要課題レベル1:基本的基本的なベンダー管理35%標準化されたプロセスの欠如レベル2:管理された文書化されたプロセス40%自動化の不足レベル3:定義された標準化されたTPRMフレームワーク20%継続的監視の限界レベル4:量的に管理されたメトリクス駆動型管理4%予測分析の制限レベル5:最適化された継続的改善とAI統合1%組織全体での一貫性 8.2 業界別成熟度 金融サービス:平均レベル 2.8(規制要件により高い)ヘルスケア:平均レベル 2.3(データ保護重視)製造業:平均レベル 2.1(物理的セキュリティ重視)小売業:平均レベル 2.0(顧客データ保護)公共セクター:平均レベル 1.9(予算制約) 9. 2025年予測と推奨事項 9.1 2025年の7つの重要予測 サイバー犯罪者のターゲット変化:医療、金融、教育等の高価値業界のサードパーティが主要標的にビジネスレジリエンスの重視拡大:2025年は透明性とサステナビリティに重点を置いたビジネスレジリエンスが焦点AI統合の加速:関連技術との組み合わせによるTPRMのゲームチェンジャー化規制要件の強化:DORA、NIS2等の本格運用開始による大幅な規制強化サードパーティ依存関係の複雑化:第4・第5次パーティまでのリスク管理必要性リアルタイム監視の標準化:継続的リスク監視がデフォルトに業界特化型ソリューションの普及:汎用ソリューションから業界特化型へのシフト 9.2 経営陣への推奨事項 ■戦略レベルの推奨事項 サードパーティリスクの取締役会議題化:四半期ごとの取締役会でのサードパーティリスク報告制度化Chief Risk Officer(CRO)の権限強化:サードパーティリスクに関する意思決定権限の明確化年間予算の5-8%をTPRMに配分:適切なリソース配分によるプログラム強化クライシス管理体制の確立:サードパーティインシデント専用の危機管理チーム設置保険戦略の見直し:サイバー保険・サードパーティ賠償責任保険の拡充 9.3 運用レベルの推奨事項 ■即座に実行すべき施策 サードパーティ台帳の完全化:全てのベンダー・サプライヤーの網羅的リスト作成重要度に基づく分類(Tier分け):ビジネスインパクトに基づくベンダー分類システム導入契約条項の標準化:セキュリティ・プライバシー・インシデント対応に関する標準条項策定定期評価スケジュールの確立:リスクレベルに応じた評価頻度の設定インシデント対応計画の策定:サードパーティ起因インシデント専用の対応計画従業員訓練プログラム:サードパーティリスク認識向上のための定期訓練メトリクス・KPIの設定:TPRM効果測定のための定量指標確立 9.4 技術投資の優先順位 ■2025年の技術投資ロードマップ 第1四半期:基盤整備 統合GRC(Governance, Risk, Compliance)プラットフォーム導入ベンダー管理システム(VMS)の実装リスク評価自動化ツールの導入 第2四半期:監視強化 継続的監視ソリューション導入脅威インテリジェンス統合ダッシュボードとレポーティング機能強化 第3四半期:AI統合 AI駆動型リスクスコアリング導入機械学習ベースの異常検知予測分析機能の実装 第4四半期:最適化 プロセス自動化の拡張統合レポーティングシステム次年度戦略策定とシステム評価 10. 結論 2025年は、大規模事業者にとってサードパーティリスクマネジメントが戦略的重要性を増す転換点となる。CrowdStrike、Change Healthcare、MOVEitといった2024年の重大インシデントは、サードパーティリスクがもはや「IT部門の課題」ではなく、「経営リスク」であることを明確に示している。 特に注目すべきは、単一のソフトウェア更新が世界規模での業務停止を引き起こす現実と、一つのファイル転送ソフトウェアの脆弱性が数千の企業に影響を与えるサプライチェーン攻撃の脅威である。これらのインシデントは、従来のリスク管理アプローチでは対処できない新たな現実を浮き彫りにしている。 2025年に向けて、組織は以下の変化に適応する必要がある: 規制環境の大幅変化:DORA(2025年1月施行)、日本の金融庁ガイドライン強化、経済産業省のサプライチェーンセキュリティ評価制度等AI技術の本格導入:手作業から自動化されたインテリジェントなリスク管理へリスク範囲の拡大:サイバーリスクから運用継続性、ESG、地政学的リスクまでステークホルダー期待の向上:投資家、規制当局、顧客からの透明性要求 成功する組織は、TPRMを単なるコンプライアンス活動から戦略的競争優位性の源泉へと変革する必要がある。これには、経営層のコミットメント、適切なリソース配分、技術投資、そして組織文化の変革が不可欠である。 最終的に、2025年のサードパーティリスクマネジメントは、組織のレジリエンス、信頼性、持続可能性を決定する重要な要素となる。先進的な組織は既にこの変化を予見し、必要な投資と変革を実行している。残された時間は限られており、今こそ行動を起こすべき時である。 ■最重要アクションアイテム 本ホワイトペーパーを読了した経営陣は、以下の3つの質問に90日以内に回答できる体制を構築することを強く推奨する: 当社の最も重要なサードパーティ10社が明日利用不可になった場合、事業継続は可能か?当社のサードパーティがサイバー攻撃を受けた場合、24時間以内にその影響を評価できるか?2025年の新たな規制要件に対して、当社のTPRMプログラムは準拠しているか? これらの質問に明確に答えられない場合、直ちにTPRM強化プログラムの開始を検討すべきである。 監修者:鎌田光一郎:⻘山学院大学法学部卒業。SMBC日興証券株式会社にて証券営業、経営管理業務に従事したのちPwCコンサルティング合同会社に転籍。金融機関に対するコンサルティング業務に従事。その後、Librus株式会社を設立、代表取締役に就任。お問い合わせ先Librus株式会社(代表取締役 鎌田光一郎)105-0004東京都港区新橋6丁目13-12 VORT新橋Ⅱ 4F03-6772-8015お問い合わせフォームhttps://librus.co.jp/contact

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エンベデッドファイナンス(組み込み型金融) トレンドレポート

エンベデッドファイナンス(組み込み型金融) トレンドレポート

Librus株式会社コンサルティングサービス事業部 エグゼクティブサマリー エンベデッドファイナンス(組み込み型金融)は、非金融事業者が自社のサービスやプラットフォームに金融機能を統合し、顧客に対してシームレスな金融サービスを提供する革新的なアプローチです。この白書では、2025年における市場動向、主要事例、規制環境、および将来展望について包括的に分析します。 主要なポイント: 世界のエンベデッドファイナンス市場は2024年の1,126億ドルから2029年には2,374億ドルに成長見込み(CAGR 16.1%)北米が最大の市場シェア(29.0%)を占め、アジア太平洋地域が最も高い成長率を記録決済、融資、保険、投資管理の4つの主要カテゴリーで展開B2Cモデルが高い成長率を示し、若年層と優良顧客の利用意向が特に高い日本市場では法整備の進展により普及が加速 1. エンベデッドファイナンスの概要 1.1 定義と概念 エンベデッドファイナンス(Embedded Finance)とは、従来金融機関が提供してきた決済、融資、保険、投資などの金融サービスを、非金融事業者のプラットフォームやアプリケーションに組み込み、顧客が金融機関に直接アクセスすることなく金融サービスを利用できるようにするビジネスモデルです。 この概念は、顧客体験の向上と利便性の追求を目的としており、金融サービスを顧客の日常的な活動の中に自然に溶け込ませることで、フリクションレスな取引を実現します。例えば、ECサイトでの購入時に後払いオプションを提供する、ライドシェアアプリ内で運転手への即時支払いを実現するなどが代表的な事例です。 1.2 従来の金融サービスとの違い 従来の金融サービスでは、顧客が特定の金融商品やサービスを利用するために、銀行や保険会社などの金融機関に直接アクセスする必要がありました。一方、エンベデッドファイナンスでは、顧客が普段利用しているプラットフォーム内で金融サービスを利用できるため、以下の利点があります: 利便性の向上: 複数のアプリケーション間を移動する必要がないシームレスな体験: 一連の購買行動の中で金融サービスを利用可能パーソナライゼーション: 顧客の行動データに基づいたカスタマイズされたサービスアクセシビリティ: 金融リテラシーが低い顧客でも利用しやすい 2. 世界市場の動向と規模 2.1 市場規模と成長予測 2024年市場規模: 1,126億ドル 2029年予測規模: 2,374億ドル 年平均成長率(CAGR): 16.1% 長期予測: 2030年までに7.2兆ドルの市場規模に到達見込み 2.2 地域別市場分析 地域市場シェア(2023年)特徴主要プレイヤー北米29.0%最大市場、技術インフラが充実Stripe, PayPal, Squareヨーロッパ25.5%規制環境が整備、PSD2の影響Klarna, Adyen, Revolutアジア太平洋28.2%最高成長率、モバイル決済普及Alipay+, WeChat Pay, Grabその他17.3%新興市場、金融包摂の課題- 2.3 サービス別市場動向 エンベデッドファイナンス市場は主に4つのサービスカテゴリーに分類されます: 2.3.1 エンベデッド決済(Embedded Payments) 市場シェア28.14%で最大のセグメント。ECサイト、アプリ内決済、QRコード決済などが含まれます。2025年までに650億ドルの収益が見込まれています。 2.3.2 エンベデッド融資(Embedded Lending) BNPL(Buy Now, Pay Later)を中心とした成長セグメント。2025年までに300億ドルを超える市場規模が予測されており、特にB2B分野での成長が期待されています。 2.3.3 エンベデッド保険(Embedded Insurance) 2025年までに700億ドルの市場規模が予想される急成長分野。旅行保険、配送保険、端末保険などが主要用途です。 2.3.4 エンベデッド投資・資産管理(Embedded Investment) ロボアドバイザー、少額投資サービスが中心。フィンテック企業との連携によるサービス拡充が進んでいます。 3. 世界の主要事例分析 3.1 北米市場の成功事例 Stripe(アメリカ) 決済処理の分野で圧倒的な存在感を示すStripeは、シンプルなAPI統合により、開発者が容易に決済機能を組み込めるプラットフォームを提供。2024年現在、100万社以上の企業が利用し、年間処理額は1兆ドルを超える。 Klarna(スウェーデン) BNPL分野のパイオニアとして、8,500万人以上の利用者と20万社以上の加盟店を抱える。Marqetaとのパートナーシップにより、各顧客向けにバーチャルカードを生成し、安全でスムーズな購入体験を提供。 PayPal(アメリカ) 4億3,500万人以上のアクティブユーザーを持つPayPalは、決済だけでなく、融資(PayPal Credit)、暗号通貨取引、投資サービスまで統合したエコシステムを構築。 3.2 アジア太平洋地域の革新事例 Alipay+(中国) アリババグループのアント・グループが運営するスーパーアプリ。決済、投資、保険、融資、生活サービスまで包括的に提供し、10億人以上のユーザーを獲得。 Grab(東南アジア) ライドシェアから始まったGrabは、現在では決済(GrabPay)、融資、保険、投資まで手がけるフィンテック企業に変貌。東南アジア8カ国で1.8億人以上のユーザーを抱える。 Paidy(日本) 後払い決済サービスのパイオニアとして、メールアドレスと電話番号のみで利用可能なサービスを提供。2021年にPayPalに買収され、更なる成長を遂げている。 3.3 ヨーロッパ市場の特色 Revolut(イギリス) デジタル専業銀行として出発し、現在では決済、投資、保険、暗号通貨取引まで包括的に提供。ヨーロッパを中心に4,500万人以上の顧客を獲得。 Adyen(オランダ) 統合決済プラットフォームとして、Uber、Netflix、eBayなどの大手企業にサービスを提供。単一のプラットフォームでグローバル決済を実現。 4. 日本市場の現状と展望 4.1 市場環境と法規制の整備 日本のエンベデッドファイナンス市場は、以下の法制度整備により急速に発展している段階です: 2018年銀行法改正: オープンAPIの体制整備が努力義務化2021年金融サービス仲介業法施行: 単一ライセンスで銀行・証券・保険の仲介が可能2022年資金決済法改正: 前払式支払手段の規制緩和 4.2 日本の主要プレイヤーと事例 4.2.1 大手金融機関の取り組み 金融機関主要取り組みパートナー企業GMOあおぞらネット銀行BaaS API提供、500以上の事例各種EC事業者、フィンテック企業みんなの銀行デジタルバンキング、API連携地域企業、スタートアップ住信SBIネット銀行決済API、レンディングサービスEC事業者、不動産会社 4.2.2 非金融企業の参入事例 メルカリ: メルペイを通じて決済、融資(メルペイスマートマネー)、保険(メルカリあんしん保険)を提供 楽天: 楽天エコシステム内で決済、銀行、証券、保険、カードサービスを統合提供 PayPay: 決済から始まり、銀行(PayPay銀行)、証券(PayPay証券)、保険まで展開 4.3 日本市場の特徴と課題 4.3.1 市場の特徴 キャッシュレス決済の急速な普及(2022年時点で36.0%、111兆円)モバイル決済の利用率向上(若年層を中心に72%の利用意向)優良顧客層での高い利用意向(コンビニ利用者の71%がキャッシュレス決済を支持) 4.3.2 普及の課題 ユースケース構築力の不足: 顧客価値向上に焦点を当てたサービス設計の必要性テクノロジー人材の不足: API活用やシステム統合に必要な技術力規制対応の複雑性: KYC、AMLなど金融業界特有のコンプライアンス要件商習慣の違い: 海外モデルをそのまま適用することの難しさ 5. 規制環境と法的考慮事項 5.1 グローバルな規制動向 5.1.1 アメリカ 連邦預金保険公社(FDIC)が2024年に提案した規則により、銀行とフィンテック企業間の透明性向上が求められています。特に以下の点が重視されています: リスク管理とガバナンス体制の強化顧客データの保護とプライバシーマネーロンダリング防止(AML)体制消費者保護の徹底 5.1.2 ヨーロッパ PSD2(改正決済サービス指令)により、オープンバンキングが義務化され、エンベデッドファイナンスの基盤が整備されています。主な要件は以下の通りです: 強力な顧客認証(SCA)の実装APIアクセスの標準化GDPR準拠のデータ保護決済機関のライセンス取得 5.1.3 アジア太平洋 各国で異なる規制アプローチが取られており、シンガポール、香港、オーストラリアではフィンテック促進のためのサンドボックス制度が導入されています。 5.2 日本の規制フレームワーク 5.2.1 金融サービス仲介業(新仲介業) 2021年11月に施行された金融サービス仲介業法により、以下が可能になりました: 単一ライセンスでの複数金融分野の仲介特定金融機関への所属義務の撤廃複数金融機関との提携による商品比較・提案 5.2.2 規制上の制約と要件 高リスク商品・高額商品の取扱い制限適合性原則の遵守説明義務の履行紛争解決体制の整備 5.3 コンプライアンス上の重要課題 5.3.1 データ保護とプライバシー エンベデッドファイナンスでは、顧客の個人情報と金融データを扱うため、以下の対策が必要です: データ暗号化と安全な保存アクセス制御の実装プライバシーポリシーの透明性データ漏洩時の対応体制 5.3.2 サイバーセキュリティ 金融サービスの統合に伴うセキュリティリスクの増大に対し、以下の対策が求められます: 多要素認証の実装不正検知システムの導入定期的なセキュリティ監査インシデント対応計画の策定 6. 技術基盤とイネーブラーの役割 6.1 API エコシステム エンベデッドファイナンスの実現には、堅牢で柔軟なAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)が不可欠です。主要な技術要素は以下の通りです: 6.1.1 RESTful API 標準化されたHTTPメソッドの使用JSONフォーマットによるデータ交換ステートレスな通信リアルタイム処理への対応 6.1.2 GraphQL 必要なデータのみを取得可能単一エンドポイントでの複雑なクエリ型安全性の確保リアルタイム購読機能 6.2 主要な技術プロバイダー 6.2.1 決済処理プラットフォーム プロバイダー特徴主要サービスStripe開発者向けAPI、グローバル対応決済処理、サブスクリプション管理Square中小企業向け、POS統合決済、融資、在庫管理Adyenエンタープライズ向け、統合プラットフォーム決済処理、リスク管理 6.2.2 BaaS(Banking as a Service)プロバイダー プロバイダー地域主要サービスSolaris Bankヨーロッパデジタルバンキング、カード発行Cross River Bank北米融資、決済処理GMOあおぞらネット銀行日本API banking、法人向けサービス 7. ビジネスモデルと収益構造 7.1 B2Bビジネスモデル B2Bエンベデッドファイナンスは企業間取引の効率化と資金調達の円滑化を目的としています: 7.1.1 主要サービス 企業間決済: サプライチェーン内での迅速な支払い処理貿易金融: 輸出入取引における信用状・保証状の電子化ファクタリング: 売掛債権の早期現金化設備投資融資: 機械・設備購入時の分割払い 7.1.2 収益モデル 取引手数料(0.5-3.5%)月額利用料(SaaS型)融資利息・保証料データ分析・コンサルティング収入 7.2 B2Cビジネスモデル B2Cモデルでは消費者の利便性向上と購買体験の最適化を重視しています: 7.2.1 主要サービス BNPL(後払い決済): 分割払いオプションの提供デジタルウォレット: 統合的な資金管理マイクロ投資: 少額からの投資サービス保険サービス: 購入時の自動保険付帯 7.2.2 収益モデル 加盟店手数料(2-6%)延滞利息・手数料保険料収入投資信託・証券取引手数料 7.3 市場別収益予測(2025年) エンベデッド決済: 650億ドルエンベデッド融資: 300億ドルエンベデッド保険: 700億ドルエンベデッド投資: 150億ドル 8. 顧客体験とユーザビリティ 8.1 シームレスな統合の重要性 成功するエンベデッドファイナンスサービスの共通点は、金融機能が主サービスに自然に統合されていることです: ワンクリック決済: 最小限のステップで支払いを完了自動認証: 生体認証やデバイス認証の活用コンテキスト型サービス: 利用状況に応じた最適なオプション提示透明な手数料: 隠れたコストのない明確な料金体系 8.2 カスタマーエクスペリエンスの最適化 8.2.1 個人化された金融サービス 顧客の行動データや取引履歴を活用し、個々のニーズに応じたサービスを提供: 購買パターンに基づく融資オファーリスクプロファイルに応じた保険商品投資目標に合わせたポートフォリオ提案支出傾向に基づく節約アドバイス 8.2.2 マルチチャネル対応 顧客が使用する様々なデバイスやプラットフォームで一貫した体験を提供: スマートフォンアプリWebブラウザIoTデバイス(スマートウォッチ等)音声アシスタント 9. 業界別応用事例 9.1 小売・Eコマース 9.1.1 オンライン決済の進化 Eコマース分野では、カート放棄率の削減と購買体験の向上が主要な課題です: 事例:Shopify Shopify PaymentsとShopify Capitalを通じて、加盟店に包括的な金融ソリューションを提供。売上データに基づく迅速な融資承認により、中小企業の成長を支援。 結果: 加盟店の平均売上向上率25%、融資承認率85% 9.1.2 実店舗への応用 POS端末統合型の分割払いQRコード決済と連携した即座の保険付帯店頭での信用審査と即日融資ロイヤルティプログラムと投資サービスの連携 9.2 ヘルスケア 9.2.1 医療費支払いの革新 高額な医療費に対する支払い負担軽減と、医療機関のキャッシュフロー改善を実現: 事例:CareCredit(アメリカ) 歯科、美容医療、獣医療分野で特化した医療ローンサービスを提供。患者は即座に治療を受けられ、医療機関は確実に代金を回収可能。 利用実績: 12万以上の医療機関、1,200万人の患者が利用 9.2.2 健康保険との連携 診療時の保険適用可否の即座確認自費診療部分の分割払いオプション予防医学・健康管理アプリとの保険料連動薬局での医薬品購入時の保険適用処理 9.3 交通・モビリティ 9.3.1 ライドシェア・タクシー業界 移動サービスに金融機能を統合することで、利用者と提供者双方の利便性を向上: 事例:Uber ドライバー向けの即座支払い(Instant Pay)、利用者向けのUber Credit、法人向けのUber for Businessなど、包括的な金融エコシステムを構築。 効果: ドライバーの収入安定性向上、利用者の支払い利便性向上 9.3.2 自動車業界 カーローンのデジタル化と迅速審査自動車保険の使用実績連動型料金EV充電時の統合決済システムカーシェアリングサービスでの分単位課金 9.4 旅行・宿泊業界 9.4.1 旅行予約プラットフォームの革新 事例:Booking.com 宿泊予約時の分割払い、旅行保険の自動付帯、現地通貨での決済最適化など、旅行体験全体をサポートする金融サービスを提供。 導入効果: 予約完了率15%向上、顧客満足度スコア4.2→4.6に改善 9.4.2 統合的な旅行金融サービス 旅行費用の分割払いオプション為替レート最適化による海外決済旅行保険の動的プライシングロイヤルティポイントの投資運用 10. リスク管理と課題 10.1 技術的リスク 10.1.1 システム統合の複雑性 複数のAPIを統合する際に発生する技術的課題: 相互運用性: 異なるシステム間でのデータ整合性確保レスポンス時間: リアルタイム処理要求への対応スケーラビリティ: トラフィック増加に対応する拡張性システム障害: 単一障害点の排除とフェイルオーバー対策 10.1.2 セキュリティリスク データ漏洩・不正アクセス中間者攻撃APIの脆弱性悪用認証システムの突破 10.2 規制・コンプライアンスリスク 10.2.1 法規制の変化への対応 金融規制の頻繁な変更に対応するため、以下の体制整備が必要: 規制動向の継続的監視コンプライアンス体制の定期的見直し国際的な規制調和への対応業界団体との連携強化 10.2.2 責任分界点の明確化 エンベデッドファイナンスでは複数の事業者が関与するため、責任範囲の明確化が重要: データ保護責任の分担不正取引時の損失負担顧客対応・苦情処理の責任者監査・検査対応の役割分担 10.3 事業リスク 10.3.1 市場リスク 競合激化: 新規参入による収益性悪化顧客獲得コスト上昇: マーケティング効率の低下技術革新: 既存ソリューションの陳腐化リスク経済環境変化: 景気悪化による需要減少 10.3.2 運用リスク 人材不足による品質低下パートナー企業の信用リスク顧客サポート体制の不備事業継続計画(BCP)の不足 11. 将来展望と新技術動向 11.1 2025-2030年の市場予測 11.1.1 市場規模の長期予測 2025年: 1,461億ドル(CAGR 36.4%で成長)2030年: 6,904億ドル~7.2兆ドル2034年: 1兆7,325億ドル(一部予測) 11.1.2 地域別成長予測 地域2025年CAGR主要成長要因アジア太平洋42.5%デジタル化促進、スマートフォン普及ラテンアメリカ38.2%金融包摂の進展中東・アフリカ35.8%モバイルマネーの拡大北米28.4%B2B市場の拡大ヨーロッパ25.9%規制環境の整備 11.2 新技術トレンド 11.2.1 人工知能(AI)・機械学習(ML) AIとMLの活用により、エンベデッドファイナンスはより高度で個人化されたサービスを提供可能になります: リスク評価の高度化: リアルタイムでの信用スコアリング不正検知: 異常取引パターンの即座検出個人化されたオファー: 顧客行動に基づく最適な金融商品提案自動化されたカスタマーサービス: チャットボットによる24時間対応 11.2.2 ブロックチェーンと分散型金融(DeFi) ブロックチェーン技術の成熟により、以下の革新が期待されます: スマートコントラクト: 自動化された金融取引クロスボーダー決済: 低コストでの国際送金分散型身元確認: プライバシー保護型のKYCプログラム可能なお金: 条件付き自動実行 11.2.3 オープンバンキング2.0 次世代オープンバンキングでは、より幅広い金融データの共有が可能になります: 投資・保険データの標準化リアルタイムバランス照会予測的資金管理クロスプラットフォームでの統一体験 11.3 新たなビジネス機会 11.3.1 B2B2X(Business-to-Business-to-X)モデル 企業が他企業のプラットフォームを通じて最終顧客にサービスを提供するモデルが拡大: マーケットプレイスでの即座融資SaaSプラットフォーム内での決済・請求機能IoTデバイスを通じた使用量課金ソーシャルメディア内でのマイクロペイメント 11.3.2 業界特化型ソリューション 各業界の特殊ニーズに対応したカスタマイズされたソリューション: 農業: 作物の成長段階に応じた段階的融資建設業: プロジェクト進捗連動型の資金調達エンターテインメント: イベント収益予測型の前払い教育: 学習成果連動型の教育ローン 11.3.3 サステナブルファイナンスとの統合 ESG(環境・社会・ガバナンス)要素を組み込んだ金融サービス: カーボンフットプリント連動型の保険料設定持続可能な商品購入時のインセンティブESG投資への自動振り分け再生可能エネルギー利用促進のための優遇融資 12. 日本市場の展望と提言 12.1 日本市場の将来性 12.1.1 市場成長の推進要因 デジタル庁設置: 行政DXの推進によるデジタル決済普及キャッシュレス政策: 2025年までに40%達成目標フィンテック育成: 金融庁による規制緩和とサンドボックス制度人口動態: デジタルネイティブ世代の経済活動拡大 12.1.2 市場規模予測(日本) 2024年: 約3.2兆円2030年: 約12.5兆円(CAGR 25.3%)キャッシュレス決済: 2030年までに80兆円規模BNPL市場: 2025年までに2.1兆円 12.2 成功要因の分析 12.2.1 顧客中心のアプローチ 日本市場で成功するためには、以下の点が重要です: ユーザビリティの追求: 直感的で分かりやすいUI/UXセキュリティへの安心感: 不正利用対策の可視化カスタマーサポート: 日本語での手厚いサポート体制段階的導入: 従来サービスからの自然な移行 12.2.2 パートナーシップ戦略 金融機関との連携: 信頼性とコンプライアンス体制の活用大手プラットフォームとの協業: 楽天、Yahoo!、Amazonなど業界団体との協力: 標準化推進と規制対応システムインテグレーターとの提携: 企業向けソリューション開発 12.3 政策提言 12.3.1 規制環境の整備 API標準化の推進: 業界横断的な技術仕様の統一データポータビリティ: 顧客データの安全な移行支援サンドボックス制度の拡充: 実証実験環境の充実国際的規制調和: グローバルスタンダードとの整合性確保 12.3.2 イノベーション促進策 税制優遇: フィンテック投資への税制支援人材育成: 金融×テクノロジー人材の育成プログラム産学連携: 大学と企業の共同研究促進国際連携: 海外フィンテック企業との協力促進 13. 結論 13.1 エンベデッドファイナンスの社会的意義 エンベデッドファイナンスは単なる技術革新を超えて、金融サービスの民主化と包摂性の向上をもたらす重要な社会インフラです。従来の金融機関による分断されたサービス提供から、顧客の日常生活に自然に溶け込んだ統合型サービスへのパラダイムシフトを代表しています。 この変革により、以下の社会的価値が実現されます: 金融包摂の促進: 従来のバンキングサービスにアクセスが困難だった層への金融サービス提供中小企業の成長支援: 迅速かつ柔軟な資金調達機会の提供消費者保護の強化: 透明性の高い料金体系と分かりやすいサービス経済効率性の向上: 取引コストの削減と資金循環の促進 13.2 今後の展望 エンベデッドファイナンス市場は今後5年間で劇的な成長を遂げることが予測されます。特に以下の分野での発展が期待されます: 13.2.1 技術革新による高度化 AI/MLによるリスク管理の精緻化ブロックチェーン技術による取引の透明性向上量子コンピューティングによるセキュリティ強化IoT統合による新たなサービス創出 13.2.2 市場拡大と多様化 B2B市場での本格的普及(16兆ドル市場予測)新興国での金融包摂促進サステナブルファイナンスとの統合メタバース・Web3.0への拡張 13.3 ステークホルダーへの提言 13.3.1 金融機関への提言 オープンイノベーションの推進: フィンテック企業との戦略的パートナーシップAPI基盤の強化: 外部連携に対応した技術インフラの整備規制対応体制の構築: 新たな規制要件への迅速な対応人材育成: デジタル金融に精通した人材の確保・育成 13.3.2 非金融事業者への提言 顧客価値の追求: 収益性よりも顧客体験向上を優先コンプライアンス体制: 金融規制への適切な対応体制構築セキュリティ投資: サイバーセキュリティ対策の強化専門性の獲得: 金融業務知見の内製化またはパートナー連携 13.3.3 規制当局への提言 イノベーションバランス: 革新促進と消費者保護の両立国際協調: グローバルスタンダードとの整合性確保継続的対話: 業界との定期的な意見交換柔軟な規制対応: 技術進歩に応じた規制の適時見直し 13.4 最終的見解 エンベデッドファイナンスは、デジタル経済時代における金融サービスの新たな標準形態となりつつあります。その成功は、技術的な優秀性だけでなく、顧客中心の思考、適切なリスク管理、そして持続可能な成長への取り組みにかかっています。 日本市場においても、法制度の整備と市場参加者の積極的な取り組みにより、大きな成長機会が開かれています。今後5年間は、この分野における競争優位性を確立する重要な期間となるでしょう。 最終的に、エンベデッドファイナンスが目指すのは、金融サービスが「意識されない」ほど自然で便利な世界の実現です。この理想的な状態に到達するためには、技術革新、規制環境の整備、そして何より顧客のニーズに応える姿勢が不可欠です。 監修者:鎌田光一郎:⻘山学院大学法学部卒業。SMBC日興証券株式会社にて証券営業、経営管理業務に従事したのちPwCコンサルティング合同会社に転籍。金融機関に対するコンサルティング業務に従事。その後、Librus株式会社を設立、代表取締役に就任。お問い合わせ先Librus株式会社(代表取締役 鎌田光一郎)105-0004東京都港区新橋6丁目13-12 VORT新橋Ⅱ 4F03-6772-8015お問い合わせフォームhttps://librus.co.jp/contact

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金融業界におけるサイバーセキュリティ トレンドレポート 2025

金融業界におけるサイバーセキュリティ トレンドレポート 2025

Librus株式会社コンサルティングサービス事業部 エグゼクティブサマリー 2024年度は、金融業界におけるサイバーセキュリティの脅威が質的・量的に大幅に高度化した転換点となった。国家系攻撃グループによる標的型攻撃、サプライチェーン経由の大規模インシデント、DDoS攻撃の多発により、金融機関は従来の境界型防御を超えた包括的な対策が求められている。本レポートでは、2024年度の主要インシデント分析から2025年の展望まで、金融業界のサイバーセキュリティ動向を網羅的に解説する。 1. 2024年度の主要インシデント分析 1.1 標的型ソーシャルエンジニアリング攻撃 2024年度最も深刻な事案として、北朝鮮を背景とするサイバー攻撃グループ「TraderTraitor」による標的型ソーシャルエンジニアリング攻撃が挙げられる。同攻撃では、従業員へのなりすましによる内部承認プロセスの突破、正規取引のリクエスト改ざんにより、約482億円相当の暗号資産(ビットコイン)が不正に流出した。 ■攻撃の特徴 高度な人的心理操作による内部システム侵入正規業務プロセスの悪用によるセキュリティ回避多要素認証の設定不備を狙った標的型攻撃WindowsSandBoxの悪用による証跡隠滅 1.2 ランサムウェア攻撃とサプライチェーン被害 2024年5月、金融機関や地方公共団体等の委託を受けた情報処理・印刷・発送業者への大規模ランサムウェア攻撃が発生。暗号化に加えて窃取された個人情報がダークウェブ上に公開され、複数の金融機関の顧客情報が流出する事態となった。 また、海外支店のプライベートクラウド環境での不正アクセスから国内外拠点への水平展開が試みられる事案も確認され、グローバルな金融機関における統一的なセキュリティ管理の重要性が浮き彫りになった。 1.3 DDoS攻撃の多発と高度化 2024年12月から2025年1月の年末年始にかけて、金融機関を標的とした大規模DDoS攻撃が相次いで発生。IoTボットネットを利用したUDPフラッド攻撃、HTTPフラッド攻撃など複数の攻撃手法が併用され、インターネットバンキングへのログイン障害や決済サービスの利用困難な状況が発生した。 2024年度サイバーインシデント発生件数:約1,800件(金融機関全体) うちサイバー攻撃由来:50.3%(前年度比増加) 2. 新たな脅威とトレンド 2.1 攻撃手法の進化 Living Off The Land戦術 システム内寄生戦術として、侵入後にシステム内の正規管理ツールや機能を悪用して認証情報窃取やシステム情報収集を行う手法が確認された。この戦術により、従来の境界型防御やマルウェア検知が困難となっている。 中国系攻撃グループ「MirrorFace」 2019年12月から継続的に行われている中国の関与が疑われる攻撃キャンペーンでは、主に安全保障や先端技術に係る情報窃取を目的とした高度な攻撃が確認された。WindowsSandBoxの悪用により証跡や調査を困難にする新たな手口が公開されている。 2.2 クラウドとサードパーティリスク デジタル変革の進展に伴い、クラウドサービスの利用拡大と外部委託の増加により、サードパーティ経由の攻撃が顕著に増加。設定ミスや委託先のセキュリティ管理不備を悪用した攻撃が多発している。 3. 対策技術の最新動向 3.1 多要素認証の強化 フィッシング耐性を向上させるため、生体認証やパスキーなどの次世代認証技術の導入が推奨されている。特に、従来のSMS認証やワンタイムパスワードでは対応困難な高度な攻撃に対する有効性が確認されている。 3.2 ゼロトラスト・アーキテクチャ 「内部は安全、外部は危険」という従来の境界型セキュリティモデルから、すべてのアクセスを信頼せず常に監視・検証するゼロトラスト・アーキテクチャへの移行が進んでいる。サプライチェーン全体における認証と資産管理の統合が重要な要素となっている。 3.3 脅威ベースのペネトレーションテスト(TLPT) 金融機関のサイバーセキュリティ対策の実効性を検証するため、現実の攻撃手法を再現したTLPTの導入が拡大している。特に大手金融機関、金融市場インフラ事業者において、本番環境での実戦的な検証が行われている。 ■TLPTの主要な検証項目 攻撃の検知・対応能力インシデント対応体制の実効性重要業務継続能力経営陣への報告・意思決定プロセス 4. 規制動向とガイドライン 4.1 金融庁ガイドラインの策定 2024年10月、金融庁は「金融分野におけるサイバーセキュリティに関するガイドライン」を策定し、金融機関に対する包括的なサイバーセキュリティ管理態勢の構築を要請した。本ガイドラインは、経営陣の主体的関与、基本的対策の徹底、侵入を前提とした対応の強化、サードパーティリスク管理を4つの柱としている。 4.2 FISC安全対策基準の改訂 2025年3月、金融情報システムセンター(FISC)は「金融機関等コンピュータシステムの安全対策基準・解説書(第13版)」を公表し、金融庁ガイドラインとの整合性を図った技術的・運用的対策の詳細を提供した。 4.3 暗号資産関連規制の強化 2024年10月の監督指針改正により、暗号資産交換業者も金融庁ガイドラインの適用対象となり、従来の金融機関と同等のサイバーセキュリティ対策が求められることとなった。 5. 国際連携の強化 5.1 G7サイバーセキュリティ作業部会 2024年6月、イタリア議長国の下でG7サイバーセキュリティ作業部会が設立され、日本も積極的に参画している。2025年5月にはカナダでプリンシパル級会合が開催され、「IoT Security」に関する文書が発表された。 5.2 脅威情報の共有と共同対応 北朝鮮系攻撃グループ「TraderTraitor」に関する米国との共同パブリックアトリビューション、中国系攻撃グループ「APT40」に関する豪州主導の国際アドバイザリーへの参加など、脅威情報の共有と共同対応が活発化している。 5.3 業界横断的な情報共有 金融ISAC(Information Sharing and Analysis Center)を中心とした業界横断的な情報共有体制が強化され、DeltaWall演習には2024年で170社の金融機関が参加(前年比5社増)している。 6. 新技術への対応 6.1 耐量子計算機暗号(PQC) 量子コンピュータの発達に伴う暗号化技術の脆弱性に対応するため、金融庁は2024年11月に耐量子計算機暗号への移行を検討する検討会の報告書を公表した。2025年内を目途に移行の方向性を検討することとしている。 6.2 AI利活用のリスク管理 生成AIの業務利用拡大に伴い、2025年2月に政府機関等における生成AIを含む約款型サービスの業務利用に関する注意喚起が行われた。金融機関においても、AI利活用に伴うセキュリティリスクの管理が重要課題となっている。 6.3 IoTセキュリティ IoT製品に対するセキュリティ要件適合評価及びラベリング制度(JC-STAR)の政府機関等における選定基準への反映が2025年度内に予定されており、金融機関のIoT機器調達においても同基準の適用が見込まれる。 7. 2025年の展望と課題 7.1 能動的サイバー防御の導入 2025年5月に成立したサイバー対処能力強化法により、金融機関等の基幹インフラ事業者は政府への報告義務が強化される。これにより、平時からのインシデント管理態勢の構築と、攻撃の予兆把握・報告体制の整備が必要となる。 7.2 サイバーセキュリティ人材の育成 2025年度内に官民共通の「人材フレームワーク」が策定される予定であり、金融機関においても体系的な人材育成計画の策定が求められる。特に、経営層のサイバーセキュリティリテラシー向上が重要な課題となっている。 7.3 中小企業のサイバーセキュリティ対策 サプライチェーン全体のセキュリティ強化のため、中小企業におけるサイバーセキュリティ対策実施のための環境整備が進められており、2026年度内にサプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度の導入が予定されている。 8. 推奨される対策 8.1 経営層の主体的関与 サイバーセキュリティをトップリスクとして認識し、経営層による定期的な評価・方針決定・モニタリング(EDM)の実施が不可欠である。十分な専門知識の習得と、適切な予算配分・リソース確保が求められる。 8.2 多層的なセキュリティ対策 境界防御に加えた多層的な防御体制の構築多要素認証の必須化(特にフィッシング耐性技術の導入)EDR(Endpoint Detection and Response)の導入DMARC・BIMIによるメールなりすまし対策 8.3 サードパーティリスク管理 委託先のセキュリティ基準の契約明示定期的な実地調査・第三者評価の実施インシデント発生時の対応体制構築重要度に応じた管理・モニタリング強化 8.4 インシデント対応体制 インシデント発生を前提とした対応計画策定SOC・CSIRTの機能強化定期的な机上演習・実地訓練の実施関係当局・外部専門機関との連携体制構築 9. 結論 2024年度は金融業界のサイバーセキュリティにとって重要な転換点となった。国家系攻撃グループによる高度な攻撃、サプライチェーン経由の大規模インシデント、DDoS攻撃の多発により、従来の境界型防御の限界が明確になった。 金融機関は、経営層の主体的関与の下、多層的なセキュリティ対策、サードパーティリスク管理、インシデント対応体制の強化を通じて、包括的なサイバーセキュリティ管理態勢を構築する必要がある。また、業界横断的な情報共有と国際連携を通じて、変化する脅威に対応する集合的な防御力の向上が求められる。 2025年は、能動的サイバー防御の導入、耐量子計算機暗号への移行準備、AI利活用のリスク管理など、新たな技術動向への対応が本格化する年となる。金融機関には、これらの課題に対する戦略的な取り組みと継続的な投資が求められる。 ■重要な行動指針 サイバーセキュリティを経営の最優先課題として位置づける侵入を前提とした多層的な防御体制を構築するサプライチェーン全体のリスク管理を強化する業界横断的な情報共有と国際連携に積極的に参加する新技術導入に伴うリスクを適切に評価・管理する 本レポートは2025年6月時点の公開情報に基づいて作成されております。最新の動向については、各企業・機関の公式発表をご確認ください。 監修者:鎌田光一郎:⻘山学院大学法学部卒業。SMBC日興証券株式会社にて証券営業、経営管理業務に従事したのちPwCコンサルティング合同会社に転籍。金融機関に対するコンサルティング業務に従事。その後、Librus株式会社を設立、代表取締役に就任。お問い合わせ先Librus株式会社(代表取締役 鎌田光一郎)105-0004東京都港区新橋6丁目13-12 VORT新橋Ⅱ 4F03-6772-8015お問い合わせフォームhttps://librus.co.jp/contact

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サイバーセキュリティ産業市場インサイト2024-2025:グローバル動向と戦略的分析

サイバーセキュリティ産業市場インサイト2024-2025:グローバル動向と戦略的分析

Librus株式会社コンサルティングサービス事業部 エグゼクティブサマリー サイバーセキュリティ産業は2024年に入り、AI技術の進展、地政学的リスクの高まり、量子コンピューティングの脅威という三つの主要トレンドによって大きな変革期を迎えている。世界市場規模は2024年の2,996億ドルから2033年には6,444億ドルへと成長する見込みであり、年平均成長率(CAGR)は8.9%を維持している。 特に注目すべきは、M&A活動の活発化による業界統合の加速、AI駆動型セキュリティソリューションの普及、そして深刻な人材不足問題である。グローバルでは400万人のサイバーセキュリティ専門家が不足しており、この人材ギャップが新たなビジネス機会を創出している。 日本市場は2024年の180億ドルから2033年には433億ドルへと拡大し、特に産業用サイバーセキュリティ分野で顕著な成長を示している。投資環境では、2024年第1四半期にサイバーセキュリティスタートアップが27億ドルの資金調達を実現し、前四半期比29%増となった。 1. 市場概要と規模分析 1.1 グローバル市場規模 世界のサイバーセキュリティ市場は持続的な成長軌道を描いている。複数の調査機関による市場予測を総合すると、以下の成長パターンが確認される: 調査機関2024年市場規模2030-2033年予測CAGRFortune Business Insights1,937億ドル5,627億ドル(2032年)14.3%IMARC Group2,996億ドル6,444億ドル(2033年)8.9%Mordor Intelligence2,078億ドル3,766億ドル(2029年)12.6% これらの数値の差異は、各調査機関がカバーする市場セグメントの定義や地理的範囲の違いによるものである。しかし、すべての予測で年間二桁成長が見込まれており、産業の堅調な拡大傾向は一致している。 1.2 市場セグメント分析 1.2.1 ソリューション別市場構成 サイバーセキュリティ市場は大きく「ソリューション」と「サービス」に分類される。北米市場の分析によると、2024年時点でソリューションが65.5%のシェアを占める一方、サービス分野は2030年まで年率13.8%で成長する見込みである。 主要ソリューションカテゴリーには以下が含まれる: エンドポイント保護(EDR/XDR)ネットワークセキュリティクラウドセキュリティアイデンティティ・アクセス管理(IAM)データ保護・暗号化 1.2.2 サービス市場の成長 サイバーセキュリティサービス市場は、2024年の1,665億ドルから2034年には3,103億ドルへと成長が予測されている。特に注目されるのは以下のサービス領域である: マネージド検知・対応(MDR):24時間365日の監視サービスマネージドセキュリティサービス(MSS):包括的セキュリティ運用インシデント対応サービス:緊急時対応とフォレンジックセキュリティコンサルティング:戦略策定と実装支援 2. 技術革新とトレンド分析 2.1 AI・機械学習の活用拡大 2024年は「AI元年」と位置付けられるほど、サイバーセキュリティ分野におけるAI技術の導入が加速している。調査によると、55%の組織が2024年にAI導入を計画しており、その主要用途は以下の通りである: 2.1.1 脅威検知・対応の自動化 AI駆動型の脅威検知システムは、従来手法と比較して検知精度を大幅に向上させている。特に、異常行動分析とパターン認識において顕著な効果を示しており、誤検知率の削減と対応時間の短縮を実現している。 2.1.2 予測分析による先制防御 機械学習アルゴリズムを活用した予測分析により、攻撃の兆候を事前に察知し、被害を最小限に抑える先制防御が可能となっている。これにより、従来の事後対応型から予防型セキュリティへのパラダイムシフトが進行している。 2.2 ゼロトラスト・アーキテクチャの普及 境界防御モデルの限界が明確となる中、ゼロトラストセキュリティモデルの採用が急速に拡大している。McKinsey & Companyの調査によると、今後3年間でゼロトラスト導入率の大幅な向上が見込まれている。 2.2.1 主要構成要素 多要素認証(MFA)の強制実装継続的なアイデンティティ検証最小権限アクセスの原則マイクロセグメンテーションリアルタイム監視・分析 2.3 クラウドセキュリティの進化 クラウド技術の急速な普及に伴い、クラウドネイティブセキュリティソリューションの需要が高まっている。2024年の主要トレンドとして以下が挙げられる: 2.3.1 CNAPP(Cloud-Native Application Protection Platform) CNAPPは、クラウドアプリケーションのライフサイクル全体を通じた包括的保護を提供する統合プラットフォームとして注目されている。 2.3.2 SASE(Secure Access Service Edge) ネットワークセキュリティとWAN機能を統合したSASEアーキテクチャの採用が、特にハイブリッドワーク環境において加速している。 2.4 量子コンピューティング対応 2030年の実用化が予測される量子コンピューティングに対応した「耐量子暗号(PQC:Post-Quantum Cryptography)」の研究開発が活発化している。現在の暗号技術では量子コンピューターによる解読が可能となるため、業界全体での対応が急務となっている。 3. 地域別市場動向 3.1 北米市場 北米は引き続き世界最大のサイバーセキュリティ市場であり、2024年の市場規模は約772億ドルに達している。米国市場は2025年から2034年にかけて年率13.2%で成長し、2034年には2,360億ドルに達すると予測される。 3.1.1 市場特徴 厳格な規制環境(SOX法、NIST等)高度な技術革新とベンダー集積企業のセキュリティ意識の高さ政府による積極的投資 3.2 欧州市場 欧州市場はGDPRをはじめとする包括的なデータ保護規制により、プライバシー重視のセキュリティソリューションに対する需要が高い。NIS2指令の2024年10月導入により、新たな市場機会が創出されている。 3.2.1 規制環境の影響 GDPR(一般データ保護規則)NIS2指令(ネットワーク情報システム指令)Digital Operational Resilience Act(DORA)Cyber Resilience Act(CRA) 3.3 アジア太平洋市場 アジア太平洋地域は最も急成長している市場セグメントであり、デジタル化の進展と共にサイバーセキュリティ投資が急拡大している。 3.3.1 日本市場の詳細分析 日本のサイバーセキュリティ市場は2024年に180億ドルの規模に達し、以下の特徴を示している: 項目2024年2033年予測CAGR市場規模180億ドル433億ドル10.3%産業用セキュリティ180億ドル433億ドル10.3%国内ソフトウェア市場-1兆307億円(2029年)12.0% 3.3.2 中国・インド市場 中国とインドは政府主導のデジタル化政策により、サイバーセキュリティ市場が急拡大している。特にインフラ保護と国家安全保障の観点から、大規模投資が継続されている。 4. 投資環境とM&A動向 4.1 ベンチャーキャピタル投資動向 2024年のサイバーセキュリティ分野への投資は堅調な回復を見せている。第1四半期の調達総額は27億ドルに達し、前四半期比29%増となった。 4.1.1 投資ラウンド分析 年間平均150億ドルのVC投資が維持される中、投資パターンに以下の変化が見られる: レイトステージ投資の増加:成熟企業への大型投資シード・アーリーステージの減少:リスク回避傾向AI関連企業への集中:技術革新への期待 4.2 IPO市場の展望 2024年後半から2025年にかけて、IPO市場の回復が期待されている。特に注目される企業として以下が挙げられる: Netskope:2025年後半のIPO予定Wiz:120億ドル評価でのIPO検討その他ユニコーン企業:75社が10億ドル超評価 4.3 M&A活動の活発化 2024年のM&A活動は業界統合の加速を示している。主要な取引として以下が記録されている: 買収企業被買収企業取引額戦略的意図CiscoSplunk280億ドルデータ分析統合Thoma BravoDarktrace53億ドルAI技術強化HPEJuniper Networks143億ドルネットワーク統合 4.3.1 統合トレンドの背景 M&A活動の活発化には以下の要因が影響している: 効率的なサービス提供の必要性顧客管理の改善販売力強化AI・データセキュリティ技術の統合 5. 競合環境と主要プレイヤー 5.1 グローバル主要企業 サイバーセキュリティ産業の競合環境は、大手テクノロジー企業による買収と統合により大きく変化している。2024年時点での主要プレイヤーは以下の通りである: 5.1.1 統合プラットフォーム提供企業 Microsoft:Azure セキュリティサービス統合Cisco:Splunk買収によりSIEM分野強化Palo Alto Networks:Prisma クラウドセキュリティCrowdStrike:クラウドネイティブ EDR/XDR 5.1.2 専門特化企業 Fortinet:ネットワークセキュリティOkta:アイデンティティ管理Zscaler:ゼロトラストネットワークSentinelOne:AI 駆動型エンドポイント保護 5.2 日本市場の競合状況 日本のサイバーセキュリティ市場では、国内企業と外資系企業が激しく競合している。 5.2.1 国内主要企業ランキング 順位企業名強み・特徴1位野村総合研究所優れた技術力と幅広い専門性2位トレンドマイクロ世界的知名度とセキュリティソリューション3位NTTデータ革新的技術開発とグローバル展開 5.3 新興企業と破壊的革新 ユニコーン企業を中心とした新興勢力が既存市場に大きな影響を与えている。 5.3.1 注目のユニコーン企業 Wiz:2021年創業、120億ドル評価のクラウドセキュリティChainguard:2021年創業、11.2億ドル評価のコンテナセキュリティDragos:産業制御システムセキュリティ特化 5.3.2 日本の注目スタートアップ Flatt Security:次世代セキュリティの推進者アジラ:AIとセキュリティの融合Spider Labs:グローバル展開を目指す企業 6. 人材市場と技能ギャップ分析 6.1 グローバル人材不足の深刻化 サイバーセキュリティ業界は史上最悪の人材不足に直面している。2024年の調査結果は以下の深刻な状況を示している: 指標現状(2024年)将来予測グローバル人材ギャップ400万人不足2025年:350万人の求人現役従事者数550万人需要:1,030万人米国市場ギャップ264,763人不足年間15万8千件の求人 6.2 技能ギャップの影響 人材不足は単なる採用難ではなく、実際のセキュリティインシデントに直結している: 90%の組織でスキル不足が原因のセキュリティ侵害が発生70%の組織がスキルギャップによるサイバーリスク増大を認識2025年までに人材不足により重大インシデントの半数以上が発生予測 6.3 日本市場の人材事情 日本では特に深刻な状況が続いており、47%の企業が「人材不足」を最大の課題として挙げている。限られた予算(42%)を上回る課題となっている。 6.3.1 人材育成への取り組み Microsoft:23カ国でサイバーセキュリティスキル育成プログラム拡大政府機関:セキュリティ人材育成プログラムの強化民間企業:リスキリング・アップスキリング投資 6.4 採用・育成戦略の変化 人材不足への対応として、業界全体で採用・育成戦略が変化している: 6.4.1 多様性重視の採用 83%の企業が多様性採用目標を設定4年制大学卒業要件の緩和(71%が要求、66%が限定採用)異業種からのキャリアチェンジ支援 6.4.2 継続教育とスキル開発 実践的トレーニングプログラムの拡充認定資格取得支援メンタリング制度の導入 7. 規制環境と政策動向 7.1 2024-2025年の主要規制動向 サイバーセキュリティ規制は世界的に強化傾向にあり、2024-2025年は重要な転換点となっている。 7.1.1 米国の規制動向 PCI DSS v4.0:2024年3月31日に旧版廃止、多要素認証必須化NYDFS サイバーセキュリティ規則:年次侵入テスト、脆弱性スキャン要求FedRAMP:クラウドサービス認証制度の継続強化 7.1.2 欧州の規制強化 NIS2指令:2024年10月正式導入、コンプライアンス義務拡大Digital Operational Resilience Act(DORA):金融業界向けCyber Resilience Act(CRA):IoT機器のセキュリティ要件 7.1.3 日本の政策動向 サイバーセキュリティ戦略2025の策定産業サイバーセキュリティ強靭化事業の継続重要インフラ防護対策の強化 7.2 業界別規制要件 7.2.1 金融業界 金融業界では最も厳格なサイバーセキュリティ規制が適用されている: SOX法(米国)FFIEC ガイダンスバーゼルⅢ operational risk requirements金融庁サイバーセキュリティガイドライン(日本) 7.2.2 ヘルスケア業界 HIPAA Security Rule:2025年大幅更新予定HITRUST フレームワーク:業界標準として定着 7.3 規制遵守の市場機会 厳格化する規制環境は、コンプライアンス関連サービスの需要拡大を創出している: 規制コンサルティングサービスコンプライアンス自動化ツール監査・アセスメントサービス継続的監視ソリューション 8. 将来展望と予測シナリオ 8.1 2030年に向けた市場予測 サイバーセキュリティ産業は2030年に向けて以下の成長軌道を描くと予測される: 市場セグメント2024年2030年予測主要成長要因グローバル総市場2,996億ドル6,189億ドルデジタル変革加速AI セキュリティ130億ドル400億ドルAI技術の普及量子セキュリティ5億ドル30億ドル量子コンピューティング脅威ゼロトラスト250億ドル850億ドルリモートワーク定着 8.2 技術革新の予測シナリオ 8.2.1 短期予測(2025-2027年) AI統合の本格化:55%の組織がAI駆動型セキュリティを導入ゼロトラスト普及:中堅企業での採用が急拡大クラウドセキュリティ標準化:CNAPP、SASE の主流化 8.2.2 中期予測(2027-2030年) 耐量子暗号移行:金融機関を皮切りに業界全体で導入開始自律型セキュリティ:人的介入を最小化した自動防御システム量子セキュリティ実用化:2030年代の量子コンピューター脅威への準備 8.3 地政学的影響の予測 地政学的緊張の高まりは、サイバーセキュリティ市場に以下の影響を与えると予測される: 8.3.1 国家安全保障の強化 重要インフラ保護投資の拡大サプライチェーンセキュリティの重視国産技術・ソリューションの優遇 8.3.2 国際連携の深化 サイバーセキュリティ分野での同盟国連携強化情報共有体制の拡充共通標準・認証制度の構築 8.4 新興市場の機会 8.4.1 垂直市場の特化 EdTech セキュリティ:2024年360億ドル→2034年2,430億ドル(CAGR 21.2%)自動車セキュリティ:コネクテッドカー、自動運転車両向けスマートシティセキュリティ:IoT都市インフラ保護 8.4.2 新興国市場の成長 アフリカ:政府デジタル化に伴う需要拡大東南アジア:経済発展とサイバー脅威の増加中南米:規制強化による市場成熟 9. 戦略的示唆と推奨事項 9.1 市場参入戦略 9.1.1 新規参入企業への推奨 サイバーセキュリティ市場への新規参入を検討する企業には、以下の戦略的アプローチを推奨する: ニッチ市場への特化:大手との直接競合を避け、専門分野での差別化AI技術の活用:次世代技術による競争優位性の確立パートナーシップ戦略:既存プレイヤーとの戦略的提携人材投資の優先:希少な専門人材の確保と育成 9.1.2 既存企業の競争戦略 プラットフォーム統合:包括的ソリューションの提供M&A による能力拡張:戦略的買収による市場地位強化グローバル展開:新興市場への早期参入 9.2 投資戦略の提言 9.2.1 成長分野への集中投資 投資収益率最大化のため、以下の成長分野への集中投資を推奨する: 投資分野期待収益率リスクレベル投資期間AI セキュリティ高中3-5年クラウドセキュリティ中-高低-中2-4年量子セキュリティ非常に高高5-10年MDR/MSS サービス中低2-3年 9.3 リスク管理の重要性 9.3.1 市場リスクの識別 技術陳腐化リスク:急速な技術進歩による既存技術の陳腐化規制変更リスク:予期しない規制変更による事業影響人材確保リスク:競争激化による人材コスト上昇地政学リスク:国際関係悪化による事業制約 9.3.2 リスク軽減策 継続的R&D投資による技術優位性維持規制動向の早期把握と対応体制整備人材育成プログラムへの戦略投資地理的リスク分散 9.4 長期的競争優位性の構築 9.4.1 持続可能な差別化要因 長期的な競争優位性を構築するため、以下の差別化要因の開発を推奨する: 独自技術・知的財産:特許・ノウハウによる参入障壁構築データ優位性:大規模データセットによる機械学習モデル強化エコシステム構築:パートナー・顧客ネットワークの拡大ブランド価値:信頼性・実績による顧客ロイヤルティ確立 10. 結論 サイバーセキュリティ産業は2024-2025年において、AI技術の本格導入、地政学的リスクの高まり、量子コンピューティング脅威という三つの主要トレンドによって大きな変革期を迎えている。世界市場規模は今後10年間で2倍以上の成長が見込まれ、特に日本市場は年率10.3%の高成長を維持する見通しである。 技術面では、AI・機械学習の活用拡大、ゼロトラストアーキテクチャの普及、クラウドセキュリティの進化が市場を牽引している。一方で、深刻な人材不足問題は業界全体の成長制約要因となっており、グローバルで400万人の専門家不足が続いている。 投資環境では、M&A活動の活発化による業界統合が進む中、ベンチャーキャピタル投資は年間150億ドル規模を維持している。特にAI関連企業と成熟したユニコーン企業への投資が集中している。 将来展望として、2030年の量子コンピューティング実用化に向けた耐量子暗号への移行、自律型セキュリティシステムの実現、垂直市場特化ソリューションの拡大が予測される。これらの変化は、既存企業の事業戦略見直しと新規参入企業にとっての重要な機会創出を意味している。 成功のための重要要素は、技術革新への継続投資、人材確保・育成への戦略的取り組み、規制環境への適応能力、そして地政学的変化への対応力である。特に日本企業には、国内市場の堅調な成長基盤を活用しつつ、グローバル展開を通じた競争力強化が求められる。本レポートは2025年6月時点の公開情報に基づいて作成されております。最新の動向については、各企業・機関の公式発表をご確認ください。 監修者:鎌田光一郎:⻘山学院大学法学部卒業。SMBC日興証券株式会社にて証券営業、経営管理業務に従事したのちPwCコンサルティング合同会社に転籍。金融機関に対するコンサルティング業務に従事。その後、Librus株式会社を設立、代表取締役に就任。お問い合わせ先Librus株式会社(代表取締役 鎌田光一郎)105-0004東京都港区新橋6丁目13-12 VORT新橋Ⅱ 4F03-6772-8015お問い合わせフォームhttps://librus.co.jp/contact

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M&Aに付随するサイバーセキュリティインシデント事例分析とリスク管理戦略

M&Aに付随するサイバーセキュリティインシデント事例分析とリスク管理戦略

Librus株式会社コンサルティングサービス事業部 エグゼクティブサマリー 企業の合併・買収(M&A)は、サイバーセキュリティリスクが大幅に増大する重要な局面である。2023年に世界のM&A取引総額は2.5兆ドルに達し、これらの取引は攻撃者にとって魅力的な標的となっている。本レポートでは、M&Aプロセスにおけるサイバーセキュリティインシデントの実態を分析し、リスク要因の特定、対策手法の検討、ベストプラクティスの提示を行う。 主要な発見事項として、M&A関連のセキュリティインシデントのうち約50%は悪意のある攻撃ではなく、統合プロセスにおけるポリシー違反、コンプライアンス課題、ログ可視性の欠如などの運用上の問題に起因している。また、製造業が最もリスクが高く、全M&A関連インシデントの42%を占めている。 1. はじめに 企業の合併・買収(M&A)は、事業拡大と競争優位性の確立において重要な戦略的手段である。しかし、M&Aプロセスは同時に、組織のサイバーセキュリティ態勢を大幅に脆弱化させる可能性がある。複雑な法的・財務的交渉の過程で、サイバーセキュリティは後回しにされがちであり、この隙を突いて攻撃者が活動を活発化させる傾向が観察されている。 本レポートでは、M&Aに伴うサイバーセキュリティインシデントの実態を包括的に分析し、企業が直面するリスクの性質と規模を明らかにする。さらに、具体的な事例研究を通じて、効果的なリスク管理戦略とベストプラクティスを提示する。 2. M&Aにおけるサイバーセキュリティリスクの概要 2.1 リスク増大の背景 M&Aプロセスにおいてサイバーセキュリティリスクが増大する主な要因は以下の通りである: 機密情報の大量共有:デューデリジェンス過程で大量の機密情報が関係者間で共有されるセキュリティ体制の一時的弱体化:統合プロセスにおいて既存のセキュリティ統制が一時的に機能しなくなる従業員の不安定化:雇用不安により従業員のセキュリティ意識が低下するシステム統合の複雑性:異なるITシステムの統合過程で脆弱性が発生する攻撃者の関心の高まり:M&A発表により攻撃者の注目を集める 2.2 統計データと傾向 ■主要統計データ(2024年) 指標データ出典世界のM&A取引総額(2023年)2.5兆ドルStatistaM&A後のフィッシング攻撃増加率400%Forbes調査データ侵害の平均コスト(2024年)488万ドルIBM Cost of Data Breach Reportサイバー犯罪の世界的コスト(2024年予測)9.5兆ドルCybersecurity Ventures病院でのM&A前後のデータ侵害確率6%Healthcare Dive研究 3. 重要事例研究 3.1 Yahoo-Verizon買収事例(2017年) 事例概要 2016年7月、VerizonがYahooの買収を発表(当初価格:48.3億ドル)。しかし、その後Yahooで発生した複数の大規模データ侵害が発覚し、最終的に買収価格は44.8億ドルに減額された(減額幅:3.5億ドル)。 インシデントの詳細 2013年の侵害:全30億ユーザーアカウントが影響を受けた史上最大規模の侵害2014年の侵害:5億ユーザーアカウントが影響発覚時期:M&A交渉中に段階的に発覚影響範囲:氏名、メールアドレス、ハッシュ化されたパスワード、生年月日など 教訓と示唆 この事例は、M&A取引における適切なサイバーセキュリティデューデリジェンスの重要性を示している。事前の徹底的な調査により、隠れた侵害を発見し、取引条件に反映させることが可能であることが実証された。 3.2 Marriott-Starwood買収事例(2016年) 事例概要 2016年、MarriottがStarwood Hotels & Resortsを130億ドルで買収。しかし、2014年から継続していたStarwoodの予約システムへの不正アクセスが2018年に発覚し、約5億人の宿泊客情報が漏洩した。 インシデントの詳細 侵害期間:2014年~2018年(約4年間)影響範囲:約5億人の宿泊客(後に約3.83億人に修正)漏洩データ:氏名、住所、パスポート番号、クレジットカード情報など発覚時期:買収完了から2年後 規制当局の対応 FTC(連邦取引委員会):5200万ドルの制裁金と20年間のコンプライアンス監視EU GDPR:当初9900万ポンドの制裁金(後に2000万ポンドに減額)集団訴訟:1億1750万ドルの和解金 教訓と示唆 この事例は、M&A後の統合プロセスにおけるセキュリティ監視の重要性を示している。買収対象企業の既存システムに潜む脅威を早期発見し、適切な対策を講じることの重要性が浮き彫りとなった。 4. M&Aにおけるサイバーセキュリティリスク要因 4.1 プロセス別リスク分析 4.1.1 取引前段階のリスク 情報漏洩リスク:機密情報の不適切な共有デューデリジェンス不足:対象企業のセキュリティ態勢の評価不足第三者リスク:アドバイザー、監査法人等の関与者からの情報漏洩 4.1.2 取引実行段階のリスク 統合複雑性:異なるシステムの統合に伴う脆弱性アクセス制御の混乱:権限管理の一時的な機能不全ログ可視性の欠如:統合過程でのモニタリング機能の低下 4.1.3 取引後段階のリスク レガシーシステムの継承:既存の脆弱性の引き継ぎ組織文化の衝突:セキュリティ意識の相違人材流出:セキュリティ専門人材の離職 4.2 業界別リスク分析 業界M&A関連インシデント比率主要リスク要因製造業42%レガシーシステム、OT環境の複雑性金融・保険8%規制要件の複雑性、高度な攻撃対象専門サービス8%知的財産の価値、顧客情報の機密性小売業8%PCI DSS準拠、顧客データの大量保有その他34%業界固有のリスク要因 5. サイバーセキュリティデューデリジェンス 5.1 デューデリジェンスの重要性 サイバーセキュリティデューデリジェンスは、M&A取引における潜在的なリスクを事前に特定し、適切な対策を講じるための重要なプロセスである。従来の財務・法務デューデリジェンスと同様に、サイバーセキュリティの観点からも徹底的な調査が必要である。 5.2 デューデリジェンスの構成要素 5.2.1 技術的評価 セキュリティ制御の評価:ファイアウォール、侵入検知システム、アクセス制御等脆弱性評価:システムの既知の脆弱性の特定ネットワーク構成の確認:ネットワークセグメンテーション、DMZ構成等データ保護状況:暗号化、バックアップ、アーカイブ等 5.2.2 運用面の評価 セキュリティポリシー:既存のポリシーの妥当性と実装状況インシデント対応体制:対応計画、チーム編成、訓練実施状況第三者リスク管理:ベンダー管理、供給chain security従業員教育:セキュリティ意識向上プログラムの実施状況 5.2.3 コンプライアンス評価 規制要件:業界固有の規制への準拠状況認証・監査:ISO 27001、SOC 2等の第三者認証データ保護法:GDPR、個人情報保護法等への準拠契約上の義務:顧客との間のセキュリティ要件 5.3 デューデリジェンスプロセス ■段階的アプローチ 事前評価:公開情報による基本的なリスク評価書面調査:セキュリティ文書、ポリシー、過去の監査結果の確認技術的評価:システムの技術的検証、脆弱性評価インタビュー:セキュリティ担当者へのヒアリング現地調査:データセンター、オフィスの物理的セキュリティ確認レポート作成:発見事項の整理と推奨事項の提示 6. M&A統合プロセスにおけるサイバーセキュリティ課題 6.1 統合フェーズ別の課題 6.1.1 Day 1準備(クロージング前) 統合計画の策定:セキュリティ統合のロードマップ作成緊急対応体制:統合初日からの適切な監視体制権限管理準備:統合後のアクセス権限設計コミュニケーション計画:セキュリティ方針の従業員への周知 6.1.2 Day 1実行(クロージング日) 即座の可視性確保:買収企業のシステム監視開始緊急時対応:統合初日に発生する可能性があるインシデント対応重要システムの確認:ビジネスクリティカルなシステムの稼働状況確認 6.1.3 Day 2以降(統合プロセス) 段階的システム統合:リスクを最小化した段階的な統合セキュリティ標準の統一:共通のセキュリティ基準の適用従業員教育:統合後のセキュリティ方針の浸透継続的改善:統合過程で発見された課題の改善 6.2 統合における主要な技術的課題 6.2.1 アイデンティティ・アクセス管理(IAM) 異なるIAMシステムの統合は、M&A後の最も複雑な課題の一つである。適切な権限管理を維持しながら、効率的なアクセスを提供する必要がある。 6.2.2 セキュリティ監視とログ管理 統合プロセスにおいて、継続的なセキュリティ監視を維持することは困難である。特に、異なるログ形式や監視ツールの統合が課題となる。 6.2.3 データ保護とプライバシー 個人データの取り扱いに関する規制要件の相違や、データ保護レベルの格差が問題となる場合がある。 7. ベストプラクティスと推奨事項 7.1 戦略的アプローチ ■包括的リスク管理戦略 早期のセキュリティ評価:M&A検討段階からのセキュリティ専門家の関与リスクベースアプローチ:特定されたリスクに応じた優先順位付け継続的監視:統合プロセス全体を通じた継続的なリスク監視ステークホルダー連携:法務、財務、IT部門との密接な連携 7.2 技術的ベストプラクティス 7.2.1 セキュリティ統合の段階的実施 ネットワーク分離:統合完了まで買収企業のネットワークを分離最小権限の原則:必要最小限のアクセス権限の付与多要素認証:重要システムへのアクセスには多要素認証を必須化暗号化の強化:データの暗号化レベルの統一と強化 7.2.2 監視と検知の強化 統合監視プラットフォーム:統一されたセキュリティ監視システムの構築行動分析:異常な行動パターンの検知システム導入脅威インテリジェンス:最新の脅威情報に基づく防御体制インシデント対応:統合されたインシデント対応プロセス 7.3 組織的ベストプラクティス 7.3.1 ガバナンス体制の確立 セキュリティ統合委員会:M&A専門のセキュリティ統合チーム設置明確な役割分担:統合プロセスにおける各部門の責任明確化定期的なレビュー:統合進捗の定期的な評価と改善エスカレーション手順:問題発生時の迅速な対応体制 7.3.2 人材・文化の統合 セキュリティ文化の醸成:統一されたセキュリティ意識の構築継続的教育:定期的なセキュリティ教育の実施専門人材の確保:セキュリティ専門家の積極的な採用・育成知識の共有:両組織のセキュリティ知見の統合 8. 規制・コンプライアンスの考慮事項 8.1 主要な規制要件 規制適用範囲主要要件GDPREU域内の個人データ処理72時間以内の当局報告、データ保護影響評価個人情報保護法日本国内の個人情報取扱事業者安全管理措置、漏洩等報告義務SOX法米国上場企業IT統制の有効性評価、内部統制報告PCI DSSクレジットカード情報処理事業者カード会員データの保護、定期的な評価 8.2 M&A特有のコンプライアンス課題 8.2.1 データ移転と越境 M&Aに伴うデータの移転、特に国境をまたぐデータ移転には、各国の規制要件への適合が必要である。適切な法的根拠の確保と、データ保護レベルの維持が重要である。 8.2.2 契約上の義務の継承 買収企業が締結していた顧客との契約上のセキュリティ義務を、買収企業が適切に継承し、履行する必要がある。契約条件の詳細な確認と、必要に応じた再交渉が必要である。 8.2.3 監査・認証の継続性 ISO 27001、SOC 2等の認証を維持するためには、統合プロセスにおいても認証要件を満たし続ける必要がある。統合計画に認証要件を組み込むことが重要である。 9. 将来の展望と新たな脅威 9.1 技術的な変化 9.1.1 クラウドファーストの統合 クラウドサービスの普及により、M&A後の統合プロセスはクラウドファーストのアプローチが主流となっている。これにより、従来のオンプレミス統合とは異なる新しいリスクと機会が生まれている。 9.1.2 AI・機械学習の活用 AIと機械学習技術の進歩により、より高度な脅威検知と自動化された対応が可能となっている。一方で、攻撃者もこれらの技術を悪用する可能性が高まっている。 9.2 新たな脅威の動向 9.2.1 ランサムウェアの進化 ランサムウェア攻撃の手法は継続的に進化しており、M&A企業を標的とした攻撃も増加している。特に、統合プロセスの混乱期を狙った攻撃が増加傾向にある。 9.2.2 サプライチェーン攻撃 M&Aに伴いサプライチェーンが複雑化することで、サプライチェーン攻撃のリスクが増大している。第三者ベンダーの管理がより重要となっている。 9.3 規制環境の変化 9.3.1 規制の強化 各国のサイバーセキュリティ規制は継続的に強化されており、M&A取引におけるセキュリティ要件も高まっている。特に、重要インフラ事業者の買収には厳格な審査が課せられている。 9.3.2 国際的な協調 サイバーセキュリティに関する国際的な協調が進んでいる中、M&A取引におけるセキュリティ要件も国際的に標準化される傾向にある。 10. 結論と提言 10.1 主要な発見事項 本レポートの分析により、以下の重要な発見事項が明らかとなった: M&Aはサイバーセキュリティリスクを大幅に増大させる:統計データは、M&A後のフィッシング攻撃が400%増加することを示している。事前のデューデリジェンスが極めて重要:Yahoo-Verizon事例のように、適切な事前調査により重大なリスクを発見し、取引条件に反映させることが可能である。統合プロセスにおける継続的監視が必要:Marriott-Starwood事例のように、統合後も継続的な監視と改善が必要である。運用面の課題も重要:悪意のある攻撃だけでなく、統合プロセスにおける運用面の課題も重大な影響を与える。 10.2 企業への提言 ■戦略的提言 サイバーセキュリティをM&A戦略の中核に位置づける:財務・法務デューデリジェンスと同等の重要性を持つものとして扱う専門チームの設置:M&A専門のサイバーセキュリティチームを設置し、継続的な対応体制を構築するリスクベースアプローチの採用:特定されたリスクに応じた優先順位付けと対策の実施ステークホルダーとの連携強化:法務、財務、IT部門との密接な連携による統合的なアプローチ 10.3 業界全体への提言 M&Aにおけるサイバーセキュリティリスクは、個社の問題を超えて業界全体に影響を与える可能性がある。業界全体での取り組みが必要である: ベストプラクティスの共有:業界団体を通じた知見とベストプラクティスの共有標準化の推進:M&Aサイバーセキュリティデューデリジェンスの標準化人材育成:M&A専門のサイバーセキュリティ人材の育成と確保規制当局との対話:適切な規制枠組みの構築に向けた継続的な対話 10.4 最終的な提言 M&Aにおけるサイバーセキュリティは、リスクであると同時に競争優位性を創出する機会でもある。適切なリスク管理により、M&A取引の成功確率を大幅に向上させることが可能である。企業は、サイバーセキュリティを戦略的な投資として捉え、長期的な視点で取り組むことが重要である。 技術の進歩と脅威の進化により、M&Aサイバーセキュリティの重要性は今後さらに高まることが予想される。企業は、継続的な学習と改善により、変化する環境に適応していく必要がある。 本レポートは2025年6月時点の公開情報に基づいて作成されております。最新の動向については、各企業・機関の公式発表をご確認ください。 監修者:鎌田光一郎:⻘山学院大学法学部卒業。SMBC日興証券株式会社にて証券営業、経営管理業務に従事したのちPwCコンサルティング合同会社に転籍。金融機関に対するコンサルティング業務に従事。その後、Librus株式会社を設立、代表取締役に就任。お問い合わせ先Librus株式会社(代表取締役 鎌田光一郎)105-0004東京都港区新橋6丁目13-12 VORT新橋Ⅱ 4F03-6772-8015お問い合わせフォームhttps://librus.co.jp/contact

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