Librus株式会社
コンサルティングサービス事業部
エグゼクティブサマリー
現代の大企業を取り巻くリスク環境は劇的に変化しており、従来の個別対応型リスク管理から統合的なリスクマネジメントへの転換が急速に進んでいます。本レポートでは、2025年に向けた大企業のリスクマネジメント最新トレンドと先進事例を分析し、地政学リスク、ESGリスク、デジタルリスクという3大メガトレンドを軸とした包括的なリスク管理体制構築の必要性を明らかにします。
1. リスクマネジメントのパラダイムシフト
現代の大企業を取り巻くリスク環境は劇的に変化しており、従来の個別対応型リスク管理から統合的なリスクマネジメントへの転換が急速に進んでいます。東京海上ディーアールの調査では、2025年に注視すべき10大グローバルリスクが特定されており、企業はより複雑で相互関連性の高いリスクに対処する必要性が増しています。
この変化の背景には、以下の要因があります:
- リスクの相互関連性の高まり
- 外部環境変化のスピード加速
- ステークホルダー期待の多様化
- 規制・基準の国際統合化
2. 主要なリスクマネジメントトレンド
2.1 統合リスク管理(ERM)の高度化
大企業では、従来の個別リスク対応から全社統合的なアプローチへの転換が加速しています。特に以下の特徴が顕著です:
リスクマップの活用
三菱商事の事例では、統一基準による連結ベースでのリスク評価とマップ化により、「特にモニタリングを要するリスク項目」を特定し、取締役会レベルでの監視体制を構築しています。
3ステップ評価プロセス
- 現状評価:リスクマップ策定による統一基準評価
- 外部環境を加味した中期的評価:地政学、経済、環境要因の考慮
- 対処策の整理:統合的な対応戦略の策定
GRCプラットフォームの導入
ガバナンス・リスク・コンプライアンス(GRC)の統合プラットフォーム導入により、組織全体での一元的なリスク管理を実現する企業が増加しています。
2.2 ESGリスク統合への対応
ESG要素のリスクマネジメントへの統合が急速に進展しています:
気候変動リスク管理の進化
- TCFD提言からIFRS S2基準、SSBJ基準への移行準備
- 物理的リスクと移行リスクの定量化
- 財務インパクトの具体的な測定と開示への対応
サプライチェーン全体のESGリスク管理
企業は自社のみならず、サプライチェーン全体にわたるESGリスクの把握と管理体制構築を進めています。
2.3 デジタルリスクマネジメントの重要性拡大
生成AI統合によるリスク
ChatGPT等の生成AI活用に伴う新たなリスク類型への対応が急務となています。主なリスクとして以下が挙げられます:
- 情報漏洩リスク
- バイアス・差別リスク
- 知的財産権侵害リスク
- 品質・精度に関するリスク
サイバーセキュリティの高度化
攻撃手法の巧妙化に対応した多層防御体制の構築が重要となっています。特に以下の取り組みが重視されています:
- ゼロトラストアーキテクチャの導入
- インシデント対応体制の強化
- サプライチェーンセキュリティの確保
3. 2025年注目のグローバルリスク
3.1 地政学リスクの深刻化
第2期トランプ政権
第1期以上の不確実性と保護主義的政策の影響が予想されます。特に以下の政策領域で企業への影響が懸念されます:
- 通商・貿易分野での関税引上げ
- 環境・エネルギー政策の転換
- 移民政策による労働市場への影響
米中関係の更なる緊張
経済安全保障リスクの拡大により、企業のサプライチェーン戦略の見直しが必要となっています。
東アジア情勢
台湾海峡、朝鮮半島における武力紛争リスクの増大が、日本企業の事業継続計画に重大な影響を与える可能性があります。
3.2 経済・金融リスク
中国・欧州経済の不安定性
世界の名目GDPに占める割合がそれぞれ17.5%、16.8%の両地域の経済動向は、世界経済に大きな波及リスクをもたらします。
保護主義の台頭
貿易戦争と対抗措置の応酬懸念により、国際通貨基金(IMF)は世界の実質GDP成長率を大幅に押し下げるリスクを指摘しています。
3.3 環境・社会リスク
気候変動の物理的影響
2024年は世界・日本ともに統計開始以降最高気温を記録し、企業の事業活動への直接的影響が拡大しています。
労働力不足
「長期かつ粘着的」な人材不足への対策必要性が高まっており、企業の持続的成長への制約要因となっています。
4. 大企業の先進的リスクマネジメント事例
4.1 三菱商事の統合リスク管理
革新的なアプローチ
- 16項目のリスクマップ:「発生可能性」と「影響度」の2軸による統一評価基準
- 外部環境要因の統合:地政学、経済、環境要因を考慮した中期的評価
- リスク管理方針の類型化:定量管理重視型と発生時対応重視型の2分類
具体的対策
- グローバルインテリジェンス委員会(GI委員会)による地政学リスク対応
- カントリーリスク対策制度の整備
- 気候変動物理的リスクの資産別分析(原料炭・銅)
4.2 AIガバナンス先進事例
生成AI統合リスク管理
大企業では以下のような生成AI統合リスク管理の取り組みが進んでいます:
- AIリスク管理フレームワークの構築
- 生成AI利用ガイドラインの策定
- AIバイアス検出と緩和システムの導入
- AIガバナンス委員会の設置
5. リスクマネジメント技術の進化
5.1 デジタル技術の活用
AI活用リスク予測
機械学習による早期警戒システムの導入により、リスクの兆候を事前に検知し、予防的な対策を講じることが可能になっています。
リアルタイム監視
IoTとビッグデータ分析による継続的モニタリングシステムの構築により、24時間365日のリスク監視体制を実現しています。
統合ダッシュボード
全社リスク状況の可視化により、経営陣がリアルタイムでリスク状況を把握し、迅速な意思決定を行うことができます。
5.2 シナリオ分析の高度化
マルチリスクシナリオ
複数リスクの相互作用を考慮した分析により、より現実的なリスク評価が可能になっています。
ストレステスト
極端シナリオでの企業レジリエンス評価により、危機時の対応能力を事前に検証しています。
6. 規制・基準の動向
6.1 国際基準の統合化
ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)
IFRS S1・S2基準の世界標準化により、企業のサステナビリティ情報開示の統一化が進んでいます。
SSBJ(サステナビリティ基準委員会)
日本版サステナビリティ開示基準の策定により、国内企業の対応準備が本格化しています。
6.2 AIガバナンス規制
生成AI利用に関する政府ガイドライン対応とAI倫理・プライバシー保護要件の厳格化により、企業のAIガバナンス体制構築が急務となっています。
7. 今後の展望と課題
7.1 統合化の加速
ESG、デジタル、地政学リスクの統合管理体制構築とステークホルダー期待の多様化への対応が重要課題となっています。
7.2 人材・組織の課題
- リスクマネジメント専門人材の確保・育成
- 全社的リスク文化の醸成
- 部門横断的な連携体制の構築
7.3 技術活用の拡大
- 予測分析技術の精度向上
- リスク管理プロセスの自動化推進
- 新興技術リスクへの対応力強化
8. 実践的推奨事項
8.1 短期的対応(1年以内)
- 統合リスクマップの構築:全社リスクの可視化と優先順位付け
- クライシス対応体制の強化:複合リスク発生時の初動対応プロセス整備
- ESG情報開示準備:TCFD、IFRS S2基準への対応準備
- AIガバナンス体制構築:生成AI利用ガイドラインの策定
8.2 中長期的戦略(2-3年)
- デジタルツール導入:GRCプラットフォームの構築
- 人材育成:リスクマネジメント専門チームの強化
- ステークホルダー連携:サプライチェーン全体のリスク管理協力体制構築
- シナリオ分析高度化:マルチリスクシナリオの実装
8.3 戦略的投資領域
投資領域 | 優先度 | 期待効果 |
---|---|---|
統合リスク管理システム | 高 | 全社リスクの可視化・一元管理 |
AI活用予測分析 | 高 | 早期警戒・予防的対策 |
サイバーセキュリティ強化 | 高 | デジタルリスクの軽減 |
専門人材育成 | 中 | 組織能力の底上げ |
9. 結論
大企業のリスクマネジメントは、個別対応から統合的アプローチへの根本的転換期にあります。地政学、気候変動、デジタル化という3大メガトレンドを軸とした包括的なリスク管理体制の構築が、企業の持続的成長と競争優位性確保の鍵となっています。
特に重要なのは、以下の3つの統合的アプローチです:
- リスクの統合管理:個別リスクの相互関連性を考慮した全社的なリスクマップの構築
- ステークホルダー統合:多様化するステークホルダー期待への統合的な対応
- 技術統合:AI、IoT、ビッグデータ等のデジタル技術を活用した予測・監視システムの構築
企業は変化する外部環境に適応するだけでなく、リスクを機会に変える「したたかな姿勢」が求められています。統合的なリスクマネジメント体制の構築により、不確実性の高い経営環境下においても持続的な企業価値向上を実現することが可能となります。
本レポートの活用指針
本レポートで提示した分析結果と推奨事項を基に、各社の事業特性とリスクプロファイルに応じたリスクマネジメント戦略の見直しと強化をご検討いただくことを推奨いたします。特に、統合リスク管理システムの導入と専門人材の育成は、短期的な対応として最優先で取り組むべき課題です。
監修者:
鎌田光一郎:⻘山学院大学法学部卒業。SMBC日興証券株式会社にて証券営業、経営管理業務に従事したのちPwCコンサルティング合同会社に転籍。金融機関に対するコンサルティング業務に従事。その後、Librus株式会社を設立、代表取締役に就任。
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