日本政策金融公庫(以下、公庫といいます。)に創業融資の申し込みをする際には、創業計画書(※1)を作成する必要があり、構成は以下のとおりです(令和6年11月末現在)。
- 創業の動機
- 経営者の略歴等
- 取扱商品・サービス
- 従業員
- 取引先・取引関係等
- 関連企業
- お借入の状況
- 必要な資金と調達方法
- 事業の見通し
- 自由記述欄
前回のコラムにて、創業計画書の肝となる①創業の動機、②経営者の略歴等についての記載のポイントをまとめました。
③取扱商品・サービス~⑤取引先・取引関係等は、公庫が創業する事業の内容を把握するための項目ですが、④従業員、⑤取引先・取引関係等は、雇用している従業員がいる場合や取引を行っている、もしくは取引が決まっている取引先の内容を記載するものですので、特に難しく考える必要はないかと思います。そこで、今回は③取扱商品・サービスの記載のポイントについて解説します。
(※1)日本政策金融公庫の創業計画書は、以下のサイトに掲載されています。
https://www.jfc.go.jp/n/service/dl_kokumin.html
「取扱商品・サービス」について
「取扱商品・サービス」の記載について、公庫のセルフチェックリストを見てみますと、
- 誰に、何を、いくらで販売するか記載していますか?
- 商品・サービスのセールスポイントを記載していますか?
- 販売ターゲットに合った販売戦略について記載していますか?
- 競合他社や市場について(店舗を出す場合は、近隣の状況について)調べて、記載していますか?
とあります。
これは、公庫が創業の事業を検討するに際して、「3C分析」(顧客(Customer)、競合他社(Competitor)、自社(Company)を分析することで成功可能性が高いビジネスモデルを考える分析方法)を行いたい、ということを意味しています。ですので、公庫の担当者と面談する際の質問もこの観点から実施されることが多くなるでしょう。
また、公庫の担当者は、創業のビジネスが大成功することを期待しているのではなく、融資した資金が回収できるだけの安定したビジネス運営ができるのか、という点を重視しています。そのため、今回創業するビジネスを経営者が多面的に検討しているのか、という点を重視しますので、検討内容が十分に伝わるような記載が必要となります。
効果的な「取扱商品・サービス」の記載について
では、具体的にどのような点に意識すれば良いのか、以下ポイントを記載していきます。
購買者(顧客)を具体的にイメージできるような商品・サービス説明を行う
公庫の担当者に貴社ビジネスを説明する際に、「Aという商品・サービスを売ります」というよりも「Aという商品・サービスをBというニーズを抱えている人に売ります。Bというニーズを抱えている人とは、具体的には~」というように、購買者(顧客)を具体的にイメージしやすいような説明を心掛けます。面白いサービスや画期的な製品を思いついた、という「アイディア」は創業の動機にはなるでしょうが、ビジネスとして成長できるかというとまた別の話です。画期的なアイディアよりも、実際にその商品・サービスがどの程度売れそうなのか、というマーケットを意識すると記載がしやすくなります。
過去、とある研修会社の研修メニューを見ていた際に、「就職活動をしている大学生向けのマナー研修」というカリキュラムを見たことがあります。「面白いアイディアだなあ」と感じましたが、研修の設定価格が10万円とされているのを見て、「各大学が無料での就職支援に力を入れているなか、この価格帯で受講する大学生はいるのだろうか?」とこのアイディアの顧客層がわからなくなってしまいました。
「どのような顧客に、どのようなニーズを提供し、どのような価格帯で、どのように販売するのか」を具体的かつ共感を持ってもらえる内容で説明できるのであれば、「アイディア」ではなく「ビジネス」として融資の担当者は認識してくれるでしょう。
自分の過去の経験などから導き出された説明を心掛ける
公庫の担当者は、過去の職歴等により経営者がどのような能力を持っていて、その能力により創業する事業を安定的に運営できるのか、という点を重視する傾向にあります。
そのため、「創業の動機」においても個人的な経験やストーリーを盛り込むことをお勧めしましたが、今回販売をする商品や提供するサービスも、経営者の個人的な経験やストーリーのなかから導き出されているものであれば、より公庫の担当者の心を掴むことができるでしょう。
これから始めるビジネスの事業環境・競争環境を調査しておく
創業計画を立てる際には、多岐にわたる要素を考慮する必要があります。その中でも、事業環境・競争環境の調査は重要なステップとなります。事業環境や競争環境を理解することは、市場における自社の立ち位置を明確にし、競争優位性を築くための戦略策定に役立つとされています。
例えば、2000年くらいまではベーカリーは倒産しにくい業種と言われていましたが、高級食パン店の増加による競争環境の激化、小麦価格の上昇などにより、ここ数年倒産件数が急増しています。このような厳しい環境のなかで「ベーカリーを創業したい」と相談すれば、なぜこの時期に創業するのか、どのような戦略だと収益を上げていけるのか、とかなり突っ込んだ質問を受けることになるでしょうし、これに明確に回答できないと融資の道は遠ざかってしまいます。
とはいえ、初めての方が競争環境を調査するといってもどのようにすれば良いのか、わからないと思います。そのような方は国会図書館のホームページから「リサーチ・ナビ」というメニューを確認してみてください。いろいろな業界の動向をどのような書籍等で調べるのがよいのかがまとまっていますので、非常に参考になるかと思います。
また、飲食店のような立地商売とされているビジネスの場合、現地視察が最も重要になります。競合店は何店舗くらいあるのか、お昼に周辺店舗に顧客があふれているのか、などは、実際に現地視察をしてみれば一目瞭然です。時間帯によって通行量などは全く異なりますので、できれば1度ではなく、何度か時間を変えて観察してみると良いでしょう。お昼時に前面道路が渋滞する場所に店舗を出店したほうが良いのか、などの視点から出店を検討することができます。
事業環境や競争環境などは、このように多面的に検討を重ねると、公庫の担当者の質問にもしっかりと答えることができるようになります。
創業したいビジネスの風呂敷を広げすぎない
創業後すぐにいろいろな商品の開発やサービス提供を行っていく創業計画を作成されている方がいます。商品・サービスの拡充を視野に入れておくことはビジネスを拡大するために必要なことと思いますが、創業計画に盛り込みすぎるは避けたほうが良いです。
創業者が適切に管理できるビジネスの範囲はそれほど広くはないものですし、また、多くの商品・サービスを記載するということは、その数だけ上述の①~③を検討しなければいけないということです。過去のケースでは、行政からの許認可が必要な事業であることを確認しないまま創業計画に記載したため、許認可についてのヒヤリングに回答できなかったというケースもありました(許認可が下りていない事業での融資は難しくなります)。
創業融資を受けるのですから、その資金の弁済ができる範囲の「取扱商品・サービス」の内容を記載すれば良いのです。手を広げすぎて薄い内容の創業計画を提出するよりも、限定的な範囲のビジネスであっても、しっかりと検証したことがわかる創業計画のほうが融資は受けやすくなります。
最初から文章でまとめるのではなく、箇条書きで羅列してみる
創業しようとしている業務の内容を最初から整理して記載していくことはなかなか難しく、また短くまとめようと思うと、重要なポイントが抜けてしまうこともあります。まずは自分のビジネスの内容について、思いつくまま箇条書きにしてみるのが良いかと思います。その際に、計画しているビジネスの商流(例えば、原材料仕入→製造→販売(営業)→代金回収など)を図式化し、各工程においてどのようなことをするのかを記載していくと、競業他社との差別化ポイントなどを理解しやすくなるほか、どこに資金が必要になるのかもイメージがつきやすくなります。
(例)オーガニック野菜セットの販売事業の場合
・特徴:完全無農薬・無化学肥料で栽培された新鮮な野菜を提供
・ターゲット市場:健康志向の高い30代~50代の主婦層
・顧客ニーズ:安全で安心できる食品を求める消費者
・市場調査結果:80%以上の主婦が無農薬野菜に関心を示している
・形態:定期配送サービス、オンライン注文で手軽に購入可能
・プロモーション手法:SNS広告、インフルエンサーとのコラボ、試食イベント
・価格設定:1セット2,980円(税込み)
・販売目標:初年度10,000セット販売
・生産者:地域の農家と直接契約
・仕入先:信頼できるオーガニック農家
・在庫管理:最新の在庫管理システムを導入
・物流体制:提携物流業者を活用 などなど。
このケースの場合、信頼できるオーガニック農家から直接仕入れをするのが強みになりそうですし、生産農家からの仕入資金、物流業者への経費、プロモーション費用、在庫管理システムの導入費用などを必要資金としてまとめていくことになります。
まとめ
創業計画書における「取扱商品・サービス」の記載欄は、創業する経営者からすれば当たり前のことなので簡単に考えて記載してしまう傾向にあるようですが、業界の素人である公庫の担当者からの素朴な質問に虚を突かれたりすることも多いようです。
このコラムを参考に、多面的な検討をしたうえで簡潔にまとめていく、というプロセスを経て記載をいただければと存じます。
記事監修者紹介
本記事は、創業支援や資金調達に豊富な実績を持つ**みらいアーク株式会社(Mirai Arc Inc.)**の監修を受けて作成されています。みらいアーク株式会社は、創業希望者やスタートアップ企業の成長を支援するため、融資のサポートから経営コンサルティングまで幅広く対応。経験豊富なコンサルタントチームが、数多くの成功事例をもとにアドバイスを提供しています。