Librus株式会社
コンサルティングサービス事業部
エグゼクティブサマリー
フィンテック業界は2024年に転換点を迎え、2025年には本格的なマス市場展開の時代に突入する。日本のフィンテック市場は2024年に92億米ドルに達し、年平均成長率14.1%で成長し、2033年までに302億米ドルに達すると予測されている。本レポートでは、技術革新、規制環境、投資動向、新興サービス分野の4つの観点から、フィンテックビジネスの最新トレンドを包括的に分析する。
1. 市場概況と成長予測
1.1 グローバル市場動向
世界のフィンテック市場は2024年において正常化の兆しを見せており、投資環境の改善とともに持続的な成長軌道に回帰している。特に注目すべきは、エンベデッドファイナンス(埋め込み金融)市場の急速な拡大であり、2025年の1,461億米ドルから2030年には6,903億米ドルへと、年平均成長率36.41%で成長すると予測されている。
1.2 日本市場の特徴
日本のフィンテック市場は、2015年の業界創成期から10年を経て、アーリーアダプター層からマス市場への移行という重要な転換点を迎えている。市場規模は2022年度の約1.2兆円から、2025年には約12兆円に達すると予測され、年間成長率15%を維持している。
2. 2025年度フィンテック10大トレンド
2.1 パートナー連携の活発化
トレンド1: 金融機関とフィンテック企業の戦略的連携
2024年度には歴史ある金融機関とフィンテック企業間の連携深化が顕著となった。主要事例として、三菱UFJファイナンシャル・グループによるウェルスナビの子会社化、マネーフォワードと三井住友カードの提携、住信SBIネット銀行とデジタル証券オルタナの連携などが挙げられる。
この傾向は、マス層ユーザー獲得において、革新的プロダクトだけでなく、既存顧客からの信頼やクロスセル営業力、コンプライアンス体制などの総合的な要素が重要であることを示している。
2.2 モダンな金融ITインフラの重要性
トレンド2: API活用とシステム間連携の進化
パートナー連携の実効性を高めるため、企業の垣根を越えたシームレスなシステム間連携が求められている。2024年度に登場した組込型金融サービス(JREバンク、Kyashスポットマネー、Finswer Bank)は、この流れを象徴する事例である。
競争力の源泉として、モダンな金融ITインフラの構築が不可欠となっており、API活用による柔軟な接続性が重要な差別化要因となっている。
2.3 ユーザー獲得戦略の複線化
トレンド3: 多様なチャネルを活用した顧客獲得
フィンテック企業は、デジタルマーケティング、パートナーシップ、リアル店舗展開など、複数のチャネルを組み合わせた顧客獲得戦略を採用している。特に、従来のデジタルネイティブ層を超えたマス層へのアプローチが重要となっている。
2.4 中小企業デジタル化の最前線
トレンド4: 支払DXの推進
中小企業のデジタル化において、支払業務のデジタル化(支払DX)が重要な位置を占めている。請求書の電子化、自動決済システムの導入、キャッシュフロー管理の自動化などが急速に普及している。
2.5 キャッシュレス決済の進化
トレンド5: 単価による棲み分けの崩壊
従来の高額取引はクレジットカード、少額取引はQRコード決済という棲み分けが崩壊し、利用シーンや付加価値に基づく新たな競争構造が形成されている。
3. 技術革新の最前線
3.1 人工知能(AI)の実用化
AI技術のフィンテック分野への応用は、2024年から2025年にかけて実用段階に移行している。主要な応用分野は以下の通りである:
- 詐欺防止・不正検知: AI詐欺管理市場は2024年の130.5億ドルから2025年に156.4億ドルに成長予測
- 与信審査の高度化: 従来の信用スコアに加え、キャッシュフローデータや代替データを活用した包括的な与信判断
- 個人化サービス: 顧客の行動パターンや好みに基づいたパーソナライズされた金融サービスの提供
- リスク管理: リアルタイムリスク監視と予測的リスク管理システム
3.2 ブロックチェーンとステーブルコインの普及
ブロックチェーン技術は投機的な段階から実用的な金融インフラへと発展している。特にステーブルコインの利用が急激に拡大しており、2020年以降10倍の成長を遂げ、年間2.5兆ドルの決済が処理されている。
3.2.1 中央銀行デジタル通貨(CBDC)の進展
世界の中央銀行の94%がCBDCの導入を検討しており、日本銀行も2021年4月から実証実験を継続している。CBDCは民間ステーブルコインとの差別化を図りながら、国家レベルでの金融システム近代化を推進している。
3.3 エンベデッドファイナンス(埋め込み金融)
エンベデッドファイナンスは、非金融企業が自社のサービスやプラットフォームに金融機能を組み込む技術であり、2025年の主要トレンドの一つとなっている。市場規模は2024年の1,126億ドルから2029年には2,374億ドルに成長すると予測されている。
3.3.1 主要な応用分野
- Eコマースプラットフォームでの決済・融資機能
- 配車アプリでの保険サービス
- 小売業での分割払い・後払いサービス
- SaaSプラットフォームでの請求・決済機能
4. 規制環境の変化
4.1 日本の規制動向
金融庁は2024年事務年度金融行政方針において、フィンテックの健全な発展を支援する姿勢を明確にしている。主要な政策方向性は以下の通りである:
- Japan Fintech Week 2025: 国内外のフィンテック企業の交流促進と日本市場の魅力発信
- 資金決済法改正: 2025年の通常国会への改正案提出を目指し、ステーブルコインなど新技術への対応強化
- AI活用促進: 金融機関のAI活用について官民で議論するフォーラムの設置
- 実証実験支援: FinTech実証実験ハブを通じた革新的サービスの開発支援
4.2 オープンバンキング規制
オープンバンキングは世界的に「オープンバンキング2.0」の段階に入っており、単なるデータ共有から価値創造型のサービス統合へと発展している。日本においても、API接続の標準化と安全性確保のための規制整備が進行中である。
4.3 国際的な規制調和
フィンテック規制は国際的な調和が重要であり、特に以下の分野での国際協調が進んでいる:
- デジタル資産・暗号資産に関する規制框組み
- データ保護とプライバシー規制
- AML/CFT(マネーロンダリング・テロ資金供与対策)
- サイバーセキュリティ基準
5. 投資環境と資金調達動向
5.1 グローバル投資動向
フィンテック分野への投資は2022年と2023年の急激な冷却期を経て、2024年から正常化の兆しを見せている。しかし、投資家の選別眼はより厳しくなっており、持続可能なビジネスモデルを持つ企業への投資が優先されている。
5.2 日本市場の資金調達環境
日本のスタートアップ資金調達総額は2024年に7,793億円となり、前年比3%増と横ばいで推移している。一方で、一社あたりの調達額は増加傾向にあり、投資の質的向上が見られる。
5.3 主要な投資テーマ
- AI・機械学習: 詐欺防止、リスク管理、個人化サービス
- エンベデッドファイナンス: 非金融企業との協業によるサービス拡張
- グリーンフィンテック: ESG投資とサステナブル金融
- RegTech: 規制遵守とリスク管理の自動化
- デジタル資産: ステーブルコイン、CBDC関連技術
6. 新興サービス分野
6.1 グリーンフィンテック
環境・社会・ガバナンス(ESG)への関心の高まりとともに、グリーンフィンテック市場が急速に拡大している。この分野は「グリーンフィンテック2.0」の段階に入り、単なる環境データの提供から、包括的なサステナビリティ金融ソリューションへと発展している。
6.1.1 主要サービス
- カーボンフットプリント追跡・管理システム
- グリーンボンド発行・管理プラットフォーム
- ESGスコアリングサービス
- サステナブル投資プラットフォーム
- 再生可能エネルギー投資・融資サービス
6.2 デジタル証券・資産トークン化
デジタル証券市場は2024年に急成長を遂げ、2025年にはさらなる拡大が期待されている。不動産、アート、知的財産など、従来は流動性の低い資産のトークン化が進んでいる。
6.3 インシュアテック(保険テック)
保険業界のデジタル化は加速しており、特に以下の分野での革新が顕著である:
- パラメトリック保険(気象データ連動型保険)
- 使用量連動型保険(UBI: Usage-Based Insurance)
- P2P保険(相互保険)
- マイクロ保険(短期・少額保険)
6.4 レンディングテック
融資業界では、代替データを活用した新しい与信モデルが普及している。従来の信用スコアでは評価が困難だった個人や中小企業に対する融資機会の拡大が進んでいる。
6.4.1 代替データ活用の例
- キャッシュフローデータ分析
- 給与明細・雇用データ
- 公共料金支払い履歴
- SNS・デジタル行動データ
- 教育・資格データ
7. 決済・送金サービスの進化
7.1 リアルタイム決済の普及
FedNowやRTP(Real-Time Payments)などのリアルタイム決済インフラの普及により、即時決済が標準となりつつある。米国では参加金融機関数が前年の400から1,200に増加し、日本でも類似の動きが見られる。
7.2 Pay-by-Bank決済の成長
銀行口座から直接決済を行うPay-by-Bank決済が急速に普及している。米国では消費者の67%がPay-by-Bank決済に前向きであり、フィンテック利用者では72%、ミレニアル世代では74%に達している。
7.3 国際送金の革新
ステーブルコインを活用した国際送金サービスが拡大しており、従来の銀行送金に比べて大幅な時間短縮と手数料削減を実現している。年間2.5兆ドルの国際送金がステーブルコインで処理されている。
8. 課題と今後の展望
8.1 主要な課題
8.1.1 セキュリティ・詐欺対策
フィンテックサービスの普及に伴い、詐欺被害も増加している。米国FTCの報告によると、2024年の詐欺被害額は125億ドルに達し、前年比25%増となっている。AI技術を利用したディープフェイク詐欺も新たな脅威として浮上している。
8.1.2 規制遵守コスト
規制の複雑化により、特に中小フィンテック企業の規制遵守コストが増加している。国際展開を行う企業では、各国の規制に対応するための体制整備が重要な経営課題となっている。
8.1.3 人材確保
AI、ブロックチェーン、サイバーセキュリティなどの専門人材の確保が困難となっている。特に日本では、グローバル競争力のある人材の獲得が課題となっている。
8.2 今後の展望
8.2.1 2025年の重点分野
- AI実装の加速: 単純な実験段階から本格的な業務活用へ
- エンベデッドファイナンスの拡大: 非金融企業との協業深化
- 国際標準化: 規制・技術標準の国際的な調和
- サステナビリティ: ESG要素の金融サービスへの統合
- 金融包摂: 代替データ活用による金融アクセスの拡大
8.2.2 長期的な変化
2030年までの展望として、以下のような構造的変化が予想される:
- 金融サービスの完全なデジタル化
- 業界境界の更なる曖昧化
- 個人化・カスタマイゼーションの高度化
- 持続可能性を重視した金融システムの確立
- グローバルな金融インフラの統合
9. 結論と提言
9.1 主要な結論
フィンテックビジネスは2024年から2025年にかけて、実験段階から実用・普及段階への重要な転換期を迎えている。特に日本市場においては、アーリーアダプター層からマス市場への移行が本格化し、従来の金融機関とフィンテック企業の協業が新たな価値創造の源泉となっている。
技術面では、AI、ブロックチェーン、エンベデッドファイナンスが実用段階に到達し、規制環境も革新的サービスの健全な発展を支援する方向に整備されている。投資環境も正常化の兆しを見せており、質の高いサービスを提供する企業への投資が活発化している。
9.2 企業への提言
9.2.1 フィンテック企業向け
- パートナーシップ戦略の重要性を認識し、既存金融機関との協業を積極的に推進する
- AI技術の実用化に向けた投資を継続し、特に詐欺防止・リスク管理分野での差別化を図る
- エンベデッドファイナンスの機会を活用し、非金融企業との協業を拡大する
- グローバル展開を見据えた規制対応体制の構築を行う
9.2.2 既存金融機関向け
- デジタル変革を加速し、モダンなITインフラの構築を優先する
- フィンテック企業との戦略的パートナーシップを通じて、イノベーションを取り込む
- 顧客体験の向上に向けて、API活用とシステム統合を推進する
- 新規事業領域(グリーンフィンテック、デジタル証券等)への参入を検討する
9.3 政策への提言
- 規制サンドボックスの拡充と実証実験支援の継続
- 国際的な規制調和への積極的な参画
- フィンテック人材育成に向けた教育・研修制度の整備
- サイバーセキュリティとデータプライバシー保護の強化
- 中小企業のデジタル化支援政策の推進
フィンテックビジネスの発展は、金融業界の変革だけでなく、経済全体のデジタル化と効率化に貢献する。2025年以降も継続的な技術革新と規制環境の整備により、より包摂的で持続可能な金融システムの構築が期待される。
本レポートは2025年6月時点の公開情報に基づいて作成されております。
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監修者:
鎌田光一郎:⻘山学院大学法学部卒業。SMBC日興証券株式会社にて証券営業、経営管理業務に従事したのちPwCコンサルティング合同会社に転籍。金融機関に対するコンサルティング業務に従事。その後、Librus株式会社を設立、代表取締役に就任。
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